昨年10月下旬以降、政治スキャンダルが韓国社会を混乱させている。事の発端は、失職した朴槿恵(パク・クネ)元大統領が、演説の草稿などの機密情報を長年の友人である崔順実(チェ・スンシル)被告に渡していたことが発覚したことにある。韓国の大統領は、政治、経済、軍事のあらゆる領域での決定権を持ち、かなり独裁色が強い。その権力者が、一民間人を政治に介入させていた。そして、崔被告の運営する財団を資金面から支援するよう、朴元大統領が大手財閥企業に便宜を求めていたことも明らかになっている。
朴元大統領は、建国の父である朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘だ。歴代の大統領、その親族が財閥企業から不正資金を受領してきたなか、朴正煕元大統領はスキャンダルとは無縁の、清廉なリーダーだと見られてきた。父親の姿を娘に重ね合わせ、多くの有権者が「この人なら社会をよくしてくれる」と期待したはずだ。その期待が裏切られただけに、韓国社会における政治不信は強い。
問題はそれだけではない。北朝鮮への対応をめぐり、韓国と中国との関係は悪化し始めている。朝鮮半島情勢の不安定化が、国際社会に与える影響は小さくない。韓国の政治不安定は、極東、および国際情勢の先行き不透明感を高める要因と考えるべきだ。
過去の教訓を生かせない韓国
昨年12月、韓国の国会は朴大統領(当時)に対する弾劾訴追案を圧倒的な賛成多数で可決した。これを受けて大統領の職務は停止された。そして、3月10日、憲法裁判所は朴大統領が職権を乱用し、国民の利益に反するかたちで職務を進めたことの重大さを認め、弾劾訴追されるのは妥当との判断を下した。こうして朴大統領は失職し、韓国は国民に選ばれた最高権力者=大統領が不在という、異例の事態に陥っている。
この状況に関して、さまざまな見方がある。経済の側面では、サムスンを筆頭とする“10大財閥”の経営の屋台骨が揺らぎ、経済の地盤沈下が進むとの懸念が強い。10大財閥の売上は、韓国の国内総生産(GDP)の7割程度を占める。最大手のサムスンでは、中核企業であるサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が贈賄容疑で逮捕され、今後の経営不安が高まっている。今後の裁判の結果次第では、他の財閥企業に捜査が及ぶこともあるだろう。韓国は財閥企業を優遇し、その輸出収益をテコに経済成長を実現してきた。事実上、経済は財閥企業に支配されてきたといえる。今後、財閥企業の経営がどうなるかは重要なチェックポイントだ。
それ以上に先行き不安を高めているのが、韓国の政治動向だ。これまでの韓国の政治を振り返ると、歴代政権が民主主義の基盤整備に取り組んだとはいいづらい。結果的には、私的な関係を重視し私腹を肥やすことを重視してきたようにさえみえる。全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領以降、歴代の大統領、親族によるスキャンダルの歴史は、政財界が癒着していた証拠だ。スキャンダルが発覚するたび、国内外からは財閥企業の権力分散などの構造改革を進め、公平に所得を再分配する制度をつくるべきだとの指摘がなされてきた。
今回、朴槿恵氏は現職の大統領として初めて罷免された。結果的に、韓国の政治は数々のスキャンダルの教訓を生かすことができず、政治の機能不全という大きなリスクを国民に押し付けている。
緊迫する朝鮮半島情勢
特に、朝鮮半島情勢を考えた際、韓国の政治が不安定化する影響は無視できない。今、朝鮮半島情勢は、軍事的挑発を加速させる北朝鮮、韓国と中国の関係悪化の2つの面から緊迫化している。まず、北朝鮮は一貫して核兵器の開発に固執している。これには、核の脅威をちらつかせれば、米国を中心とする国際社会が制裁を緩めるなど、有利な条件を引き出せるとの誤った考えがあるからだ。それゆえに、マレーシアでVXガスを使って金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害されたことへの国際的な批判が高まるなかでも、北朝鮮は日本海に向かって弾道ミサイルを4発発射し、国際社会への挑発を続けている。
一方、中国は北朝鮮の軍事的挑発への対抗措置として、韓国が米国の高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の配備を進めていることを批判している。それだけでなく、中国ではミサイル防衛システム配備への報復が進んでいる。一例として、韓国の航空会社の定期便増発の認可が下りない、中国の旅行会社が韓国ツアーの募集を取りやめるなど、さまざまな措置が取られている。韓国にとって、中国は全体の25%を占める最大の貿易相手国だ。韓国の輸出依存度(GDPに対する輸出額の割合)が50%程度であることを踏まえると、中国との関係悪化は韓国経済の下振れリスクに直結する。
朝鮮半島情勢の安定は、国際社会の安定にとって欠かせない。歴史的に、米国、中国、ロシア(旧ソ連)は朝鮮半島をめぐって衝突してきた。韓国の政治が不安定化すると北朝鮮の暴発を抑えられなくなるだけでなく、米国と中国が直に対峙しなければならないという状況が起きかねない。それは、軍事、政治、経済面で大国のエネルギーを消耗させる。韓国の政治不安定が、極東地域だけでなく国際社会全体の不安定感を高めるファクターであることは、冷静に認識すべきだ。
世界を揺さぶる韓国の政治動向
今後は、韓国が政治の改革を進められるかどうかが重要だ。今回の政治スキャンダルの根底には、韓国の大統領の権限が強すぎることがある。そのため、財閥企業を中心に大統領、その側近や親族に取り入り、庇護や経営に有利な条件を引き出そうとする考えが生まれてきた。この結果、財閥企業と政権中枢の癒着が続き、政治と財閥企業の経営は、持ちつ持たれつの関係になった。景気の落ち込みなどを受けて内需刺激策が打ち出されることがあっても、多くが“バラマキ”に終始した。反対に、中長期の視点で構造改革を進め、潜在成長率を引き上げる議論は進んでこなかった。
こうした政治が続いた結果、経済格差が拡大した。財閥企業の創業者一族などに富が偏在し、多くの国民は経済成長を実感できない状況が続いてきた。民衆の不満をそらすために、近年の韓国政府は中国にすり寄り、消費需要を取り込もうとした。他方、中国にとっての韓国は、北朝鮮の暴走を抑えるためには重要な存在だろう。それは、ミサイル防衛システムをめぐる中国の対応を見れば明らかだ。
そして、韓国は事あるごとに反日姿勢をとってきた。15年12月、日韓両国は慰安婦問題に関する“最終的かつ不可逆的な解決”に合意した。しかし、次期大統領の座を目指す有力候補者らは合意を反故にすべきと主張し、それが支持を集めている。韓国社会全体が、自国の置かれた状況、取り組むべき課題を冷静に認識できているとはいいがたい。
韓国は、米国との関係を基礎に北朝鮮への抑止力を確保し、民主主義の基盤を整える必要がある。それが、財閥企業による経済の寡占を是正し、公正な競争環境を整備することを可能にするだろう。そのなかでは、わが国との経済協力も不可欠だ。それができないと、韓国の政治は目先の民衆の不満を解消するために場当たり的な政策を進め、一段と不安定な状況に直面するかもしれない。わが国はそうした展開を見越して、米国を中心とする安全保障の強化を基礎に、アジア各国との関係強化を進めていく必要がある。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)