東京ディズニーリゾート(TDR)が、まさかの2連敗。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は、驚きの3連勝──。マスコミやネットの論調をまとめると、こんな具合だろうか。
4月、TDRとUSJの2016年度入場者数が確定した。「TDRとUSJで明暗分かれる」と報じた新聞社もあった通り、TDRは前年度比0.6%減の3000万人と2年連続で前年実積を下回った。一方のUSJは5%増の1460万人と、3年連続過去最高を示した。
TDRを運営するオリエンタルランドは入場者減少について、下の2つを主な原因として挙げている。
(1)16年4月に実施したチケット値上げ(大人6900→7400円/税込み、以下同)
(2)16年度上期(4~9月)の台風
しかし、(1)の場合、ライバルのUSJも8年連続の値上げを実施しており、さらに17年2月8日からは大人1日券「1デイ・スタジオ・パス」は200円プラスで7600円と、TDRを上回っている。
(2)についても、台風は1年限りのアクシデントだ。2年連続で前年割れという顧客離れの直接の原因とは考えにくい。
高い入場料、散歩もままならない激しい混雑
では、TDRが抱える真の敗因、直面している問題とは何か。
3月20日に東京ディズニーランド(TDL)を訪れた、1歳半の子を持つ40代の父母に話を聞いた。まず父親が苦笑して言う。
「初めて子供を連れてきました。祝日だから混雑は覚悟していましたが、それでも予想を上回る人混みに驚きました。無理してアトラクションに乗る必要はない、園内を散歩できれば充分と夫婦で考えていたのですが、散歩でさえ厳しかったです」
この父親によると、互いを見つめあう若いカップルや、マップを凝視する外国人観光客は周囲への意識が散漫ぎみだという。子供と衝突しそうになって冷汗をかいたことも、何回かあったそうだ。
「混雑に疲れたこともあって、昼食は外に出ました。夫婦共にほっとしましたし、子供が最も喜んだのが誰もいない入場ゲートの外で走り回ることだったんです。これなら、チケットを買う必要はなかったですね。大学生の時に友だちとわいわい言いながら来た時は楽しかったはずですが、今回は満足感が得られず、不思議な気持ちになりました」(同)
家計を預かる母親は、さらにシビアだ。
「子供がぐずるのが怖くて、行列は避けました。だから、朝から夕方まで滞在して乗れたのは蒸気船の『マークトウェイン号』や『ウエスタンリバー鉄道』など、片手で足りる数ぐらいのアトラクションでした。子供は喜びましたが、入場料は夫婦2人で1万4800円ですからね。高すぎるというのが実感です」
これに昼食、夕食代も加わる。園内の混雑を避け、なおかつ節約しようと家族はイクスピアリのフードコートを利用した。
「それでも、1食で2000円ぐらいはかかります。家族が祝日を過ごす方法としては、あまりコストパフォーマンスはよくないというのが正直な気持ちです。当分は来なくていいですね」(母親)
顧客満足度が“暴落”
これを聞いて、TDRの熱狂的なファンは「40代の夫婦が勝手な感想を言っているだけじゃないか」──そう反論するかもしれない。だが、似た不満を感じた来園者は、決して少なくないのだ。そう指し示すデータが厳然として存在する。
それが「日本版顧客満足度指数」(JCSI)という日本最大規模の消費者調査だ。これは2006年、当時の小泉純一郎政権が発足にかかわり、代表幹事は茂木友三郎・キッコーマン取締役名誉会長が務める「サービス産業生産性協議会」が実施したものだ。
このJCSIの調査結果に、TDR“凋落”の謎を解く鍵がある。調査は国内の小売サービス業32業種・上位企業約400社を対象とし、回答者は12万人のユーザーだ。
JCSIの年間調査で、TDRは常に高い評価を受けてきた。12年度からの「顧客満足度上位50企業・ブランド」ベスト3を振り返ってみよう。
12年度 1位:劇団四季、2位:TDR、3位:オルビス
13年度 1位:TDR、2位:劇団四季、3位:帝国ホテル
14年度 1位:劇団四季、2位:TDR、3位:宝塚歌劇団
このように、TDRは劇団四季と激しいトップ争いを繰り広げていたが、15年度に突然、11位に転落してしまう。
さらに17年3月に発表された16年度調査では、驚愕の27位にまで急落している。顧客満足度の低下に歯止めがかかっていないことが浮き彫りになっている。調査関係者は、次のように分析する。
「TDRの2000年代における入場者数は、2400~2700万人を上下していました。この頃の顧客満足度が極めて高かったことを考えても、2000万人台後半がTDRの“キャパ上限”なのでしょう。ところが、TDRは13年度に30周年を迎えたこともあり、入場者数をさらに増やす戦略を取ります。結果、同年度は3129万人、14年度は過去最高の3137万人を叩き出しました。ところが、15年度は3019万人と減少に転じ、それ以上に顧客満足度が暴落していったわけです」
コスパの悪い食事
混雑だけでなく、内容の「陳腐化」を指摘する声もある。サービス業関係者は、次のように指摘する。
「サービス業における2大基本は、『設備の魅力』と『従業員の接客態度』です。USJの人気は報道の通り、次々と新アトラクションを投入したことが大きく寄与しています。一方のTDRですが、昨年にTDLを訪れたところ、アトラクションのマンネリ化と、大混雑でキャストが疲弊している印象を強く持ちました」
2大基本がなっていないのだから、ただでさえ悪名高い「待ち時間・行列」への苦痛、不快は増す一方だ。そのため、顧客満足度はさらに下がってしまう。「なんでもすぐに手に入るネット時代の到来で、消費者は待つことの耐性を引き下げられた」という分析をしているメディアもあるが、そんなに複雑な話ではないだろう。
何よりも、TDRは客が多すぎるのだ。年間入場者数が2000万人台に戻れば顧客満足度が回復する可能性はあると考えられるが、企業の論理からすると受け入れられないだろう。
「TDRは、中長期的な経営戦略が間違っていたと言わざるを得ません。新アトラクションの投入が不完全でした。それに比べると、入場料値上げの悪影響は本質的な原因ではないでしょう」(同)
TDR側は何が問題なのか、よくわかっているようだ。実際に、20年までに約2500億円の大規模投資に乗り出すことを発表している。『美女と野獣エリア(仮称)』など新アトラクションの着工準備のほか、屋外の寒暑対策、温水便座の導入なども計画しているという。つまり、顧客満足度が低下していることを充分に理解しており、対策に乗り出しているのだ。
あらためて振り返ってみれば、TDLの開園は1983年。人間でいえば、御年34歳。立派な中年だ。
「老朽化を感じるのは、アトラクションなどのハード面だけでなく、食事などでも見られます。ピザなどの洋食は、80年代ならば来園者は心の底から満足したでしょう。しかし、バブル崩壊後、デフレ経済に直面した外食産業では『安くて、なおかつおいしい食事』の競争が激化し、コストパフォーマンスが格段に向上しました。ところがTDLの飲食店は、そのレベルアップに追い付いていません」(同)
逆に、TDRにとってレストランのレベルアップは、短期で改善できるポイントだと見なすこともできる。
今のTDRにとって必要なのは、こうした「応急処置」だろう。新アトラクションがオープンするまで、さまざまな「目先の問題」を発見し、解決していく。そうして入園者数と顧客満足度の下落を必死に押し止めるしかない。
「USJもそうですが、TDRの経営が大変なのは、常に一定の利益をアメリカの本社に吸い上げられることにあります。どうしても短期的な成果を求められ、中長期的な投資を計画しにくい経営環境なのです」(同)
2020年以降は顧客満足度が回復する?
TDRとUSJは、年間パスを比較すると興味深いことが見えてくる。TDRは1パーク(東京ディズニーランドと東京ディズニーシーのうち、いずれか片方のパス)6万3000円、2パーク(両パーク共用パス)9万3000円だが、USJは3万4800円か2万2800円、という価格設定になっている。
「リピーターを大切にすることは商売の王道です。USJが、対TDR戦略として、まずは入場者数を伸ばしていくという方針も理解できます。とはいえ、最大でも5回、最低でも3回行けば元が取れてしまうというのは、サービスし過ぎかもしれません。よくも悪くも、TDRが殿様商売をしているのに対し、USJの収益構造は、まだ磐石なものとはいえないでしょう。年パスの価格差は、その象徴として捉えられるのではないでしょうか」(同)
USJは2001年のオープンで、まだ16歳と若い。「後輩」「挑戦者」としてのアドバンテージを充分に活用しているといえるが、いつかはTDRのような中年に差し掛かる。同じ轍を踏まないためにも、中長期的な経営戦略の構築は、しっかりしないといけないようだ。
ライバルUSJから激しく追い上げられているTDR。その「顧客満足度回復大作戦」は、吉と出るか、凶と出るか――。
発表された2500億円の大型投資が「プラスに働く」と予測するのは、小川孔輔・法政大学経営大学院教授(マーケティング論)だ。
「発表通りなら、新しいアトラクションがお目見えする2020年の春以降は、顧客満足度が回復する可能性が高いと思います。ただし、それまでの間、園内の混雑緩和と既存施設のリニューアルで、顧客の期待を裏切らないように努力することが必要です。TDRが日本のサービス産業を牽引していく役割を担っていることに変わりはないでしょう。USJの追撃をかわしてTDRが復活することに期待します」
ネット上でも人気のある、ウォルト・ディズニーの名言に、こんなものがある。
「過去の出来事に傷つけられることもあるだろう。でも私が思うに、そこから逃げ出すこともできるが、そこから学ぶこともできる」
オリエンタルランドの社員・関係者は、この名言を拳拳服膺して忘れないことが求められているに違いない。
(文=編集部)