東京ディズニーリゾート(TDR)を運営するオリエンタルランド。同社の社内SEの経験者採用の月給が23万9000円からとなっており、求めるスキル要件のわりには低いのではないかと一部で話題を呼んでいる。必須要件は「3年以上のシステム開発/システム開発プロジェクトの参画経験」「既存システムを運用するだけでなく、改善を積極的に進められる方」となっており、歓迎要件としては「プロジェクトマネジメント経験」「データ分析経験(SQLやPythonを使ったデータ抽出・加工経験)」などのほか、「下記いずれかに関する開発・保守・運用経験」として「iOS/Androidアプリ」「物流システム」「サービス業のコンテンツ予約システム」などが列記されているが、果たしてこの給与は求められるスキル・業務内容に見合った水準といえるのか。専門家に聞いた。
コロナ禍から回復し、今年のサマーシーズンは反転攻勢をかけているテーマパーク業界。その代表的な存在がオリエンタルランドだ。混雑緩和のためにTDRの入場者数を制限する一方、客単価を上げる戦略をとっており、10月1日以降は入場料を値上げすると発表。繁忙日の1デーパスポートの価格が大人1万900円となり、ついに1万円の大台を超えたと話題となっている。
そんなオリエンタルランドが「ITエンジニア(社内SEアプリケーションエンジニア)を募集。求める要件は前述のとおりで、月給は23万9000円から、想定年収は433万円から、賞与は年2回支給(21年度実績)。この募集要項に対し、「夢を売る企業にしては、夢のない給料」「儲かっているのに、社員に還元する気がない」「有名企業のやりがい搾取」などの意見がSNSなどで飛び交っているが、株式会社人材研究所・シニアコンサルタントの安藤健氏は「そこまで悪い条件ではないと思います」と分析する。
「経産省の調査によると、20代SEの年収中央値は400万円くらいになります。今回の募集の想定年収は433万円となっているので、他社と比べて極端に低いわけではないですね」(安藤氏)
まず、今回募集している人材が、どのようなレベルなのかを把握することが大事だという。
「ITエンジニアのキャリアを5段階に分けるとすると、最初はテスターと呼ばれるような社内での検証作業からスタートして、次にプログラマーとして実際にコードを書いたり、要件定義されたものを設計していく仕事を担います。次に、それらの人員をまとめ、仕様を策定して各部門と調整しながら作り上げていくPL(プロジェクトリーダー)に就きます。今回の募集内容に『ベンダーコントロール』とありますけど、これはまさにPLの仕事ですね。一般的なIT系企業だと、新卒で入社してから早い人だと20代後半くらいでPLを任されることが多いです」(同)
募集要項の必須要件である「3年以上の参画経験」を新卒入社してから3年後だと仮定すれば、25歳くらいのジュニアレベル。それでこの給与水準なら平均的だ。
「SEの給与上昇カーブは、なだらかに上がっていくというよりは、PLや、次段階のPM(プロジェクトマネージャー)になった時に、グンとアップする傾向にあるんです。今回提示されているのは、あくまでも最低金額ですので、仕事内容や能力に応じてさらに上乗せされると思います」(同)
オリエンタルランドは教育研修費にコストをかけている
さらに、この募集要項からはオリエンタルランドがどういう人材を求めているかが読み取れるという。
「『必須要件』は2項目ですが、『歓迎要件』が多岐に渡っている。これは、採用レベルにバッファを設けているといえます。採用人数も8名と多いですし、まずは必須要件を緩くして広く人材を募集し、そこから歓迎要件を加味しながら面接やスキルチェックで仕事内容を振り分けていくのだと思います。歓迎要件に『プロジェクトマネジメント経験』とありますが、これはまさにPMの仕事。このような即戦力の人材に対しては、待遇もアップするのではないでしょうか」(同)
オリエンタルランドは、「キャスト」と呼ばれる現場で働くアルバイト従業員の時給が比較的低いことでも知られている。こうしたことから「ディズニーをエサに薄給で働かせる」というイメージが流布しており、待遇面で批判されることが多い傾向にある。
「オリエンタルランドのKFS(重要成功要因)は、ディズニーのブランド価値を高めることです。ここに、広告宣伝費だけでなく人的資源も含めたすべての経営資源を投下している。ブランドが確立されれば企業価値が高まり、そこで働きたい人も増える。ブランド維持は、人事面での投資にもなっているといえます」(同)
現実的に、給与が低くてもディズニーで働きたいという人材は一定数存在する。そのブランド価値をプラスに考えるかどうかも、この募集要項で問われているのかもしれない。
「経営側から考えると『人件費』には、雇用者に対する給与に加えて、教育研修費も含まれます。オリエンタルランドは、ディズニーの思想やマナー、ホスピタリティを体得してもらうために、この教育研修費にコストをかけている。そう考えると、一般企業よりも人件費はかかっていると思います」(同)
社内SEに対しても「夢と魔法」を維持するための研修が行われるのかはわからないが、そこに一般的なIT職以上の特別なキャリアアップを感じられるなら、今回の募集はむしろ手厚い高待遇なのかもしれない。
(文=清談社、協力=安藤健/人材研究所・シニアコンサルタント)