厚生労働省労働基準局監督課は、5月10日、「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、2016年10月~17年3月の間に法令違反で書類送検された332社(334件)の企業名を公表した。
通称「ブラック企業リスト」である。なかには、新入社員の過労自殺が社会問題化した電通、パナソニックや日本郵便など大企業の名も並ぶ。また、これを受けて、企業信用調査会社の東京商工リサーチは「『労働基準関係法令の違反企業332社』企業実態調査」【※1】という分析レポートを発表している。
なぜ、企業はブラック化するのか。その特徴や傾向について、レポートを作成した東京商工リサーチ情報本部情報部課長の増田和史氏に話を聞いた。
建設・製造の現場では従業員の安全無視が横行
――厚労省によって「ブラック企業リスト」が公表され、それを受けて貴社がレポートを発表しました。その概要から、聞かせてください。
増田和史氏(以下、増田) 今回のリストは公表前から注目されており、「いつ発表されるのか」に関心が集まっていました。社名と違反内容が載っているので、弊社の企業データとのマッチングを行い、主に産業別と売上高別で分析しました。
なかには倒産や休・廃業していた会社もあったので、その数も計上しています。大手もありますが、多いのは中小・零細企業です。産業別では建設業が115社(34.6%)と最多で、次いで製造業の76社(22.8%)、サービス業他が68社(20.4%)。この3産業が突出しており、全体の約8割(78%)を占めています。
建設業と製造業の合計191社では、労働安全衛生法違反が156社(81.6%)と8割を超えています。社会問題化している時間外労働の割増賃金未払いや「36協定」無視などの労働基準法違反は全体で63社、そのうちサービス業他が26社(41.2%)と4割以上を占めているのが特徴です。
今回公表されたのは、氷山の一角。たとえば、サービス残業の常態化や賃金未払いのケースであれば、労働基準監督署は指導や勧告を行います。それに従わない企業に対して「悪質性が高い」と判断し、今回の公表につながったのでしょう。地域性はありますが、今後は労基署がさらに本腰を入れて取り組むことが考えられます。
――労働安全衛生法違反が8割に達しているというのは異常ですね。建設や製造の現場では、「法律を守らないから、日本は先進国のなかでも労働災害による死亡率が高い」という意見もあります。
増田 これは建設・製造現場で安全管理を怠っていたというケースがほとんどです。労災が発生すると労基署が調査を行いますが、そこで労働安全衛生法違反が発覚した事案です。
長時間労働や賃金の未払いなど、一般的にイメージされるブラック企業とは性質が違うかもしれませんが、従業員の安全を守ることは基本中の基本ですので、それができていないということでは広い意味でのブラック企業といえます。
特に建設業や製造業は重層下請構造になっており、元請と下請の力関係のなかで、どうしても下請が弱い立場になるため、ダンピングなども起きやすい。そして、少ない利益で安全面まで担保すると赤字になってしまうため、従業員の安全をおろそかにする企業も出てくるわけです。
そうした実情が反映された調査結果だと思いますが、この問題を解決するためには、日本の産業構造にまで踏み込んでいかなければなりません。発注する側と請ける側の立場を健全化することが肝要です。
長時間労働などの労基法違反、4割がサービス業
――社会問題化している時間外労働の割増賃金未払いや「36協定」無視など、長時間労働に関する労基法違反は、サービス業他が最多の4割ですが、これについてはいかがでしょうか。
増田 昨年、社会問題化した電通もそうですが、サービス業は長時間労働が常態化しています。一因として、在社期間の長い社員ほど、よく働いているという固定観念が悪しき慣習化しているのではないでしょうか。実際、長く働くほど会社からの評価が上がるというシステムも長時間労働を助長しています。
サービス業のなかでも、飲食などは厳しい過当競争を強いられてブラック化しやすくなっています。ただ、変化の兆しも見えています。ある大手企業では、働き方改革の一環で、4月から試験的に管理職が週に1日在宅勤務を行うようになりました。問題は中小・零細企業です。
――重層下請構造で末端の企業や、より消費者に近い企業もブラック化していくと、健全な企業を探すほうが難しくなりますが、どのように「働き方改革」を行っていくべきでしょうか。
増田 たとえば、ヤマト運輸は採算の合わないサービスや取引の停止を行う方針を打ち出しています。「ヤマトは大手だからできる」という側面もありますが、この流れに追従する運輸会社も出てきています。人手不足の状況ですべての仕事を請けようとすると、現場が悲鳴を上げてしまいます。これからは、取引先や仕事を選別する企業も増えてくるかもしれません。
ブラック企業は中小が7割?ゾンビ企業も多数
――今回公表された企業を見ると、売上高が少ない中小・零細企業に集中していますね。
増田 332社のうち、売上高が判明した244社を見ると、1~5億円未満が77社(31.5%)ともっとも多く、次いで1億円未満が58社(23.7%)、10~50億円未満が43社(17.6%)です。判明していない88社は、個人事業主か数字を把握できないほどの零細企業です。
売上高10億円未満の中小・零細企業が164社(67.2%)と、全体の約7割を占めていますが、売上高が判明していない企業も含めれば、その比率はもっと高くなるでしょう。売上高が低い企業は立場が弱く、取引先から選別される立場にあります。「できません」と言えば明日から取引を打ち切られ、会社の存続にかかわる。そのため、従業員に無理を言わざるを得ないのです。
――中小・零細企業の休・廃業数も年々増加しており、高止まりの傾向を見せています。そのような、後継者や担い手が不足している企業もブラック化しやすいということはありますか。
増田 事業継承がスムーズに進んでいなかったり高齢者が多かったりする中小・零細企業は、新しい人員を採用することに余裕がないため、現在の人員でまかなおうとします。そこで、従業員に無理をさせることになってしまい、結果的にブラック化する傾向にあります。
これから、中小企業は良いところと悪いところの二極化が進むのではないでしょうか。たとえば、いわゆる「中小企業金融円滑化法」によって生きながらえている中小企業も少なくありません。同法自体は4年前に終了しましたが、終了後も政府は金融機関に対して、これまで通りの対応を求めており、業績不振企業の返済条件の“リスケ”や“猶予”が行われています。
そのため、中小企業のなかには元本据え置きで金利分だけを支払っている“ゾンビ企業”がけっこう多いのです。政府は「リスケや返済猶予の期間中に、企業の経営努力や景気上昇により業績が回復する」ことを見込んでいました。
事実、中小企業金融円滑化法により企業倒産は劇的に減少しましたが、一方で水面下に潜むゾンビ企業は減っておらず、倒産として表面化していないだけと見ることもできます。この出口戦略を、政府も金融機関も探っている状態です。
――中小・零細企業の「働き方改革」推進のために、必要な施策はなんでしょうか。
増田 現在、金融機関はじめ企業はコンプライアンスの観点から、反社会的勢力とのかかわりを持たないように企業を厳しく律しています。同じように、「法令に違反する企業とはお取引できません」という風潮が生まれれば、経営者の意識も変わっていく可能性があるでしょう。
――最後に、「こんな企業はブラック化しやすい」という傾向があれば教えてください。
増田 弊社は企業信用調査会社なので、多くの経営者の方々とお会いする機会があります。そこで感じたのは、トップの判断ですべてが運営され、まわりに苦言を呈する人がいないようなワンマン体制の企業は、ブラック化しやすいということです。
大手であれば、多くの人材が揃っており、1人が労働環境を悪化させようとしても、それを止める人がいます。一方、ワンマン社長の企業は、その人の判断だけで労働環境を悪化させることができてしまいます。ワンマン社長や同族経営のすべてがブラックとは言いませんが、その素地は生まれやすいのではないでしょうか。新卒の学生さんが企業を調べるのには限界がありますが、経営体制を調べるというのも、ブラック企業を避ける手段になります。
――ありがとうございました。
(構成=長井雄一朗/ライター)
【※1】
「『労働基準関係法令の違反企業332社』企業実態調査」