176層の3次元NANDを発表したマイクロン
米マイクロン・テクノロジー(以下、マイクロン)が2020年11月10日、世界初となる176層の3次元NANDの出荷を開始することを発表した(「EE Times Japan 」)。記事によれば、マイクロンは、モバイル端末、車載システム、データセンター向けSSDなどの用途を想定しており、2021年に市場に投入する予定であるという。
NANDシェア1位のサムスン電子が128層の歩留り向上に苦戦しており、シェア2位と3位のキオクシアとウェスタンデジタル(WD)のグループが96層を延命し、112層の量産立ち上げが遅れている現状で、シェア5位のマイクロンが断トツ1位の176層の量産をすでに開始していることに、業界関係者は驚いたようだ(図1)。
実は、マイクロンは、シェア3位のDRAMでも、微細化の技術ではシェア1位のサムスン電子や2位のSKハイニックスを引き離して最先端を突っ走っている。つまり、マイクロンは、DRAMもNANDも最先端技術では1位に立っているということである。
また、サムスン電子に次ぐメモリシェア2位のSKハイニックスが10月20日、インテルのNAND事業を買収することで合意したことを発表した。もし、この買収が完了すれば、SKハイニックス(11.7%)とインテル(11.5%)のNAND合計シェアは23.2%となり、キオクシア(17.2%)とWD(15.5%)を抜いて、サムスン電子(31.4%)に次ぐ2位にランクされることになる。
さらに、上場延期となったキオクシアは10月29日、WDと共同で四日市工場に1兆円を投資し新棟(Y7)を建設することを発表した(「キオクシアのニュース」)。
このように、メモリ業界がにわかに騒がしくなってきた。そこで本稿では、まず、この背景事情について説明する。次に、DRAMでもNANDでもシェア下位のマイクロンが、なぜ技術でトップに立つ戦略を実行しているかを説明する。そして、半導体メモリ大競争時代の幕が開いたことを論じる。
中国企業に対する警戒感
図2に、メモリを生産しているか、または生産しようとしている企業の一覧を示す。マイクロンがDRAMとNANDでトップを走り始め、SKハイニックスがインテルのNAND事業を買収すると発表し、キオクシアとWDが1兆円を投資する背景には、中国メモリメーカーへの警戒感がある。
中国の紫光集団傘下の長江ストレージ(YMTC)は、2016年から3次元NANDの開発をはじめ、今年4月12日に128層の開発に成功したと発表した(http://www.ymtc.com/index.php?s=/cms/179.html)。現在のYMTCのNANDシェアは不明であるが、月産のウエハインプットが5万枚を超えた模様である。サムスン電子およびキオクシアとWDが共同経営している四日市工場が、どちらも約50万枚であることを考えると、YMTCのキャパシティはその10分の一しかないが、3次元NANDの積層数では最先端に追いついてきたといえる。今後、生産キャパシティが増大してくる可能性が高い。
また、紫光集団傘下の西安紫光国芯半導体とChang Xin Memory Technologies(CXMT)が1Xnm世代の先端DRAMを開発している。先端DRAMの開発は容易ではないため、この2社がすぐに量産できるとは思えない。しかし、もし先端DRAMの開発と量産に成功し、中国製の格安DRAMが市場にばら撒かれると、価格暴落が起き、市場が破壊される危険性がある。
DRAMやNANDなどの半導体メモリの価格は、需要と供給のバランスによって決まるため、供給が需要を上回れば価格が暴落する。そして、過去の歴史を振り返ってみると、価格暴落が起きた時には、シェアの低い企業から退場していったことがわかる。
現在、YMTCが3次元NANDに進出してきており、西安紫光国芯半導体とCXMTが先端DRAMを開発している。これら中国メモリメーカーの市場シェアが大きくなることは、既存のメモリメーカーにとっては脅威であるといえる。そのため、既存メーカーは生き残るためになんらかの対策を迫られていることになる。
マイクロンのサバイバル戦略
図2に示した通り、マイクロンのDRAMシェアは3位、NANDシェアは5位である。例え中国企業が進出してきても、DRAMとNANDの両方でシェア1位のサムスン電子は動じることはないだろう。また、SKハイニックスの背後には、巨大財閥が控えており、赤字に陥ったとしても、倒れることはないと思われる。
しかし、2つのメモリでサムスン電子やSKハイニックスよりシェアが低いマイクロンには、背後を守ってくれるものが誰もいない。したがって、中国で万が一、先端DRAMが立ち上がってきたら、次に死ぬのは自分たちかもしれないという強い危機感があると思われる。
そこで、マイクロンは、中国企業が出てきても死なないための戦略を立案し、実行に移していると考えられる。その戦略の一つが、最先端技術で断トツの1位になるということである。
まず、冒頭で述べたように、3次元NANDでは業界関係者があっと驚く176層の量産を開始した。次に、DRAMでは2019年まではサムスン電子と同じように「1世代2年」で先端の開発と量産を行ってきたが、今年から「1世代1年」に主旨替えし、開発を加速し始めたのである(図3)。
その結果、2019年から量産立ち上げを開始した1Z世代でサムスン電子を上回る量産規模となっており、サムスン電子がほとんど着手できていない1a(マイクロンは1αと呼ぶ)世代を急速立上中で、最先端技術では本当に断トツの1位に躍り出た。また、今年後半から3世代先の1δ(サムスン電子などは1dと呼んでいる)のR&Dを開始した模様である。
さらに、冒頭で述べた通り、3次元NANDでもシェア上位のサムスン電子やキオクシアとWD連合が92/96層を量産している最中で、圧倒的な積層数の176層の量産を開始した。これによって、マイクロンはDRAMも3次元NANDも技術では最先端に立ったといえよう。
加えて、2019年以降、DRAMでシェア2位のSKハイニックスに追いつくために、ウエハのインプットを急速に増大させている(図4)。2020年第1四半期には、すでにインプットウエハ枚数で、SKハイニックスを上回っている。その効果があって、2020年第3四半期のDRAMシェアでは、マイクロン(25.0%)がSKハイニックス(28.2%)に急接近している(図5)。
以上をまとめると、マイクロンは、サバイバル戦略として、DRAMと3次元NANDの技術で断トツの1位に立ち、さらにDRAMシェアでSKハイニックスを超えて2位になろうとしている。このようにして、例え中国企業が出てきても倒産しないように、死に物狂いの経営戦略を遂行しているのである。
メモリ大競争時代の幕開け
中国企業がメモリ事業に参入しようとしている。それに危機感を持ったマイクロンが2種類のメモリで最先端を突っ走り始めた。これに対して他社も黙っているわけにはいかない。
メモリ王者のサムスン電子は今年、DRAM、3次元NAND、ファンドリー、すべての半導体に、約35兆2000億ウォン(約3.3兆円)の巨額設備投資を行う見込みである。また、NANDシェア2位のキオクシアはシェア3位のWDと共同で1兆円を投資して、四日市に3次元NANDの新棟(Y7)を建設する(図6)。
さらに、インテルのNAND事業を買収することで合意したSKハイニックスは、キオクシアの15%の株式を保有している。筆頭株主の米ベインキャピタル、および、それに次ぐ規模の東芝本体は、キオクシアの株式を売却するかもしれない。すると、場合によってはSKハイニックスが筆頭株主となり、NANDではSKハイニックス+インテル+キオクシアの3社大連合が成立する可能性がある。その3社連合の合計シェアは40.4%となり、1位のサムスン電子(31.4%)を大きく凌駕することになる(図7)。
したがって、メモリのチャンピオンのサムスン電子は、DRAMと3次元NANDでマイクロンに先行され、NANDのシェア1位も安泰ではない。それゆえ、今年1年間で約3.3兆円もの巨額投資を行うことになったわけである。
このように、メモリ業界は、中国企業の足音がヒタヒタと迫ってくる危機感が引き金となって、大競争時代に突入したといえよう。今後、本当に中国印のメモリが市場にばら撒かれることになるのか、マイクロンのサバイバル戦略が奏功するのか、SKハイニックスが3社連合を形成してNANDでトップシェアに躍り出るのか、王者サムスン電子がそれを阻止するのか、その動向に注目していきたい。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
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