しかも、この実験店はチェーンオペレーションの掟破りだった。チェーン本部がやってはいけない禁じ手をトップダウンで繰り出したことになる。チェーン店は北海道から沖縄まで同一商品を同一価格で売る「一物一価」が原則だ。河村社長が実験したのは「一物二価」制である。
同一チェーンの店で価格差が生じると、あっちの店は高く、こっちの店は安いということになり、消費者の信頼が得られなくなる。公平の原則を保てなくなると、チェーンの経営は大ごとになるから、チェーン本部は契約解除をちらつかせるような強引な手を使ってでも一物二価をやめさせる。これが経営上の要諦である。ところが、吉野家HDはチェーン本部が率先して一物二価をやった。経営者として問題ありだ。
実験店がうまくいったとは思えないのに、今度は全店で、継続的な値下げに踏み切った。エイヤとばかりに強行突破だ。
吉野家が並盛りを280円に値下げすれば、値下げの効果を封じるために、ライバル2社が250円に値下げするのは確実だ。それが価格競争というものだ。値下げで国内の吉野家の売り上げが13%増えるようなら、吉野HDはここまで追い込まれなかったはずだ。
皮肉なことに、吉野家の値下げの仕掛けが、ライバル2社の対抗心に火をつけ、業界最安値の250円へと誘(いざな)ったのである。「築地吉野家 極」は250円ではやっていけなくなったが、「すき家」、「松屋」が250円でやれることを実証したらどうなるのか。
結局、また、吉野家が価格競争で敗者になるということなのではないのか。
※ここから追記※
吉野家、低価格店「築地吉野家 極(きわみ)」の出店を凍結
吉野家ホールディングスは低価格業態の「築地吉野家 極」の出店を凍結する。店舗の作りを簡素化してコストを削減、牛丼の並盛りを280円で提供してきたが、4月18日から全店で280円に値下げしたため、「極」との差別化ができなくなった。
12年10月から、東京都板橋区と江戸川区に普通の店舗より3割程度狭い約60平方メートルの「極」を出店した同社。当初は、業界最安値の250円で牛丼の並盛りを販売してきたが、期待ほど客足が伸びず、今年1月に価格を250円から280円に30円値上げしていた。
経営は軌道に乗らず、同じ牛丼の値段が店によって違う「一物二価」の状態が続くようではまずいと考えたのだろう。
水は低きに流れるというが、250円から30円アップした280円が全店統一価格になったのだから「極」の存在価値はなくなる。
吉野家ホールディングスの経営の迷走はまだまだ続きそうだ。
(文=編集部)