/Corpse Reviver)
「どん兵衛」が「サッポロ一番」を訴えた。
ストレート麺の製法をめぐって、日清食品が、「サッポロ一番」を販売するサンヨー食品の「麺の力」などの11商品が「日清の特許侵害にあたる」として、製造・販売の差し止めと、約2億7000万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴したのだ。簡単に言うと、日清は「ウチのつくり方をパクりやがって」と怒っているわけだ。
日清の社員によると、「いきなり訴訟ということではなく、こちらもずいぶん前からずっと警告を送っていた。それをサンヨーさんが放置されてきたので、しかたなくこういうことになった」という。一方、サンヨーの関係者によると、「そもそもまったく違う製法なのに、なぜ日清さんがこんな言いがかりをつけてきたのかわからない、と社内ではかなり混乱していたようです」と、首をかしげている。
製造特許の世界は奥が深い。両者の主張は法廷でこれから明らかになるはずだが、「この“ラーメン戦争”の背景には、日清の焦りがある」と業界紙記者は分析をする。
「日清は国内では圧倒的ですが、実は海外展開がそれほどうまくいっていない。アメリカや南米では『maruchun』ブランドの東洋水産にボロ負けですし、中国はサンヨー食品が出資している中国メーカーが強い。サンヨーの新製品が展開されるのは脅威。とにかく、ここでブレーキをかけたいという狙いもあるのでは」(同)
同様の指摘は、食品業界からもあがっており、多くは日清の動きを冷ややかに見ている。食品大手幹部もこんなことを言う。
「業界的には『またか』という感じです。訴訟をふっかけて他社の進出を阻むという手法は日清さんのお家芸みたいなところがありますから、我々の間ではこういう訴訟戦を『日清戦争』と呼んでいます」
日清がライバルを訴える、というのは過去にもあった。例えば、1994年には東洋水産の「ホットヌードル・シーフード・北海道チャウダー」を不正競争防止法と商法違反で提訴したことがある。
ただ、意匠や製法がかぶっていれば、このような手法をとるのは、営利企業としては当たり前。にもかかわらず、なぜ「訴訟といえば日清」というイメージが業界で定着したのか。
日清、東洋にあいさつ料1億円を要求?
それは過去の騒動のインパクトがあまりに大きかったからだ。
今でこそ東洋水産に抜かれてしまったが、大ヒット商品「カップヌードル」をひっさげて先にアメリカへ進出していたのは日清だった。
そこへ、後発の東洋水産が「maruchun」ブランドで進出をしようとしたら、某全国紙に奇妙な記事が出る。アメリカのインスタントラーメンの特許は日清がすべて握っているので、輸入差し止めもできるというのだ。
これはガセだった。なにやら不気味なものを感じながらアメリカ進出してみると、すぐに日清が特許侵害で訴えた。無論、東洋側はそんなものはないと反論。泥沼訴訟となる。
あまりに不毛な争いで両者が和解の道を模索していた時、業界にこんな噂がかけめぐった。日清側がこんな条件を提示する。東洋が、「あいさつ料」として日清に1億円を払う。
「アメリカで商売したければショバ代を払えということです。あまりに不当な要求に驚いた東洋水産が、その取引も含めてすべて公にしましょう、と言ったら慌てて引っ込めたそうです」(前出・食品大手幹部)
実はこうまでして東洋の勢いを止めなければいけない理由が、日清にはあった。
ちょうどこの時、日本では東洋水産が世界初のカップうどん「マルちゃんのカップうどんきつね」を開発し、バカ売れしていたのだ。ただ、すぐにこの「カップうどん」もライバル社がソックリ真似をして、追撃を始める。日清の「どん兵衛」もそのひとつだった。
製法から何まで真似しているわけだから、日清がサンヨーを訴えたように、東洋水産もパクリ組を訴えればいいじゃないかと思うかもしれないが、それはできなかった。
当時の社長・森和夫がいくらまわりにいわれても、意匠登録もインスタント油揚げの特許申請を行わなかった。「退職金が高過ぎる」といって7分の1しかもらわなかった逸話が残るように、この人はセコくなかった。
“盛られた”日清の美談
森氏のことは一般的にはあまり知られていないが、同じようなことをしたとして今でも神様のようにあがめたてられている人がいる。
日清創業者の安藤百福だ。諸説あるが、「インスタントラーメン」というものを世界で初めて発明したとされ、いちはやく「チキンラーメン」の製法の特許を所得した。だから他社が真似をしたら片っ端から警告書を出した。その数は113社にものぼったという。そんな状況だから当然、劣悪な商品も多い。これでは共倒れだということで、特許の抱え込みを断念した。
この安藤百福の「経営判断」は、時が流れて“やや盛った美談”に書きかえられている。例えば、横浜みなとみらいにある「カップヌードルミュージアム」では、創業者・安藤百福の像なんかも飾ってあって、「百福シアター」では、訪れた子どもたちにこんな話が語られる。
安藤百福は、「企業は野中の一本杉であるより、森として発展するほうがいい」という考えのもと、自らの利益のみを顧みることなく、インスタントラーメンの製法特許を独占せず、広く使用を許諾しました。
言っていることとやっていることが、ここまで違う会社も珍しい。
(文=一条茂)