イタリアのファッションブランド・ヴァレンティノは3月30日、俳優の木村拓哉と歌手の工藤静香の次女でモデルのKoki,を起用した広告に関して、「多くの方を不快な思いにさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」と公式Twitterで謝罪した。ハイヒールのKoki,が鮮やかな“和服の帯のようなもの”を踏んでいる動画があったことが問題視され、Twitter上などで「帯は踏むものではない」「日本の文化をバカにしている」「文化を踏みにじっている」などと批判が殺到したためだ。
一連の広告は同社の多様な価値を発信する「DI.VA」キャンペーンの一環だった。すでに当該動画は削除されている。ヴァレンティノはTwitterで、「日本の文化を冒涜するような意図は全くなく、このシーンで使われた帯も、着物の帯ではありません」などと釈明し、以下のように謝罪した。
— Valentino (@MaisonValentino) March 30, 2021
炎上広告の元ネタ、寺山修司監督の『草迷宮』はどんな作品?
ファッションニュースサイト『SPUR.JP』(集英社)によると、同広告キャンペーンは泉鏡花の同名小説を原作とした日仏合作映画『草迷宮』(監督:寺山修司、配給:東映洋画)をモチーフにしたものだったという。
映画『草迷宮』は母が歌う手毬唄に魅了された主人公の明(少年時代:三上博史、青年時代:若松武)が母の死後、「夢と現」を行き来しながら「手毬唄探し」の旅に出るというあらすじだ。青年時代の明はセピア、少年時代の明の記憶や空想シーンはカラーで表現されているのが演出上の特色だ。特に少年時代のシーンでは前衛的な和装の登場人物や和小物を効果的に配置することで、川原や砂丘などのありふれた風景を「迷宮」に仕立て上げている。大手映画製作会社の元社員は話す。
「『草迷宮』はまさに寺山修司さんの天井桟敷のエッセンスを映像化した作品です。登場人物の前衛的な和装や終盤の妖怪屋敷のシーンは天井桟敷のテント小屋そのものでした。決して、格式ばった日本の伝統文化を反映し、描いた映画ではありません。
主人公の明は少年時代、家の裏の土蔵に住んでいる蠱惑的な女性、千代女に抱かれてしまいます。ところが行為の最中、母の手毬唄が聞こえてきて、明は土蔵から逃げ出すことになります。今回、ヴァレンティノが広告のモチーフにしたというのはそのシーンだと思われます。
千代女が住む土蔵から逃げ出した半裸の明の前には、“道しるべ”のように朱色の金襴緞子の帯が敷かれています。明はそれを辿って雑木林を駆け抜け、砂丘に至りま、そこでセピア色の青年時代の明のシーンに切り替わるのです。この作品は明と母、千代女を“つなぐもの”がたびたび象徴的に示されます。帯の上を歩くのは、明と母の異常なつながりを暗喩する効果的な演出だったのだと思います。
今回のヴァレンティノの広告動画が、寺山さんが映画に込めようとした深い意図をくみ取っていたのかどうかは正直わかりませんでした。表面的なざっくりとしたイメージだけを参考にしたからこうなってしまったのかな、とも思います。
ただ生前の寺山さんも『草迷宮』などの前衛的な表現が、保守的な論客からたくさん批判されたものです。仮に当人が生きていて、今、『草迷宮』を日仏合作で制作したら、やっぱり『日本文化を侮辱している』と炎上するのでしょうか。それに対して寺山さんがなんと言うのか気になるところです」
(文=編集部)