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東京電力会長に小林喜光氏は果たして適任なのか?東芝の経営混乱の責任を他人に押し付け

文=有森隆/ジャーナリスト
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東京電力本社(「Wikipedia」より)

 2020年6月から空席だった東京電力ホールディングス(HD)の会長に、三菱ケミカルHD会長の小林喜光氏が就く見通しとなった。柏崎刈羽原子力発電所の再稼働が暗礁に乗り上げ、福島復興など重要課題が山積する東電は、同社の社外取締役を務めた実績を持ち、企業統治に明るいとされる小林氏に再建を託すこととなった。

 会長空席の1年の間にいろいろな問題が噴出した。再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)で不祥事が相次いだ。1月に7号機の安全対策工事を完了したと発表したが、その後、工事の未完了箇所があったことが判明した。テロの標的になりかねない放射性物質の防護体制の不備も明らかになった。

 4月中旬には福島第1原発の処理水を海洋に放出する方針を菅政権が決めた。東電は2年後をめどに希釈した処理水の海洋放出を始める。東電に対しては環境モニタリングや風評被害への対応が求められる。地元漁民らは政府の方針に猛反発している。福島で漁業ができなくなる、との懸念が渦巻いている。

 20年6月、日立製作所出身の川村隆・前会長が退任。経産省はエネルギー政策に理解を示している小林氏を本命視してきた。だが、当時、小林氏は東芝の社外取締役を務めており、その時は断念した。小林氏は20年7月、東芝の社外取締役を退任した。東電のガバナンス(企業統治)体制の強化が急務であることは誰の目にも明らかだ。

「評論家集団」と揶揄された経済同友会のトップ 小林同友会時代に地盤沈下ともいわれた

 小林氏は1946年11月、山梨県生まれの74歳。71年、東京大学大学院理学系相関理化学修士課程修了。ヘブライ大学(イスラエル)物理化学科、ピサ大学化学科に留学。74年、三菱化成工業(現・三菱ケミカル)に入社。翌75年、東京大学理学博士号を取得した。

 典型的な技術エリートである。三菱化学科学技術研究センター社長を経て、2007年、三菱ケミカルHD社長兼三菱化学社長に就いた。11年、経済同友会副代表幹事となり、財界デビューを果たした。これ以降、財界活動に軸足を移す。15年、経済同友会代表幹事に就任した。

 同友会の歴代トップには理論派がズラリと並ぶ。建て前上は、出身企業の規模は問わず、個人の能力を基準に選任することになっているので、理論派が並ぶのは当然ともいえる。しかし半面で「口先ばかりの評論家集団」という、ありがたくない評価があることは否定できない。

 事実、同友会の歴代代表幹事の出身企業の規模は、新日本製鐵(現・日本製鉄)やトヨタ自動車など経団連を支えてきた企業とは比べられないほど小さかった。規模が小さいことが代表幹事の発言の影響力を低下させた、という見方をする古い世代の財界人もいる。もともと同友会は財界4団体の末席だった。財界の総本山である経団連が日経連を統合して以降、経団連との距離が開き、同友会は自らの発言力の低下に苦しんできた。

 3兆円を超す売上規模があり、三菱グループの有力企業の1つである三菱ケミカルなら願ったりかなったりだ。榊原定征・経団連会長の出身企業である東レよりも売り上げ規模は大きかった。

 かつての同友会なら、財閥直系の三菱系企業からトップを出すことに反対との声があがったかもしれないが、背に腹は代えられない。次期代表幹事を決めた幹事会は全会一致で小林氏の就任に賛成したと伝わる。小林氏に託されたのは同友会の発言力を高めることだった。産業競争力懇談会理事長、未来投資会議構造改革徹底推進会合会長、総合科学技術・イノベーション会議議員、日本銀行参与などを務めた小林氏は、いわば“政府ご用達”の経済人でありうってつけだ、と同友会のメンバーは考えたようだ。その小林氏は発言に横文字が並び、技術屋のうえに学者・評論家のような発言が目立った。

小林さんが車谷暢昭氏をCEOに起用した

 東芝の不正会計(いや粉飾決算)は15年4月に表面化した。小林氏は経済同友会の代表幹事に就いたばかりだったが、再発防止策を議論する経営刷新委員会にオブザーバーとして加わった。そして15年9月、東芝の社外取締役に就いた。

 16年、米原発子会社で巨額損失が発覚し、債務超過に陥り、東芝は東証2部へ降格となった。小林氏は17年10月から取締役会議長を務め経営を監督した。18年4月、車谷暢昭氏を会長(のち社長兼最高経営責任者)に招き入れた。三井住友銀行出身で英国系ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人トップを務めた車谷氏は、東芝として53年ぶりの外部出身の経営トップとなった。「文化を変えるには社外から来てもらったほうがいいという議論になった。マーケットをハンドリングできる人が良かった」。小林氏は車谷氏を起用した理由をこう述べている。

 20年7月、小林氏は社外取締役を退任。中外製薬名誉会長の永山治氏が社外取締役に就任し、取締役会議長や指名委員会委員長を兼務した。「マーケットをハンドリングできる」(小林氏の発言)と期待された車谷氏は、「もの言う株主」と抜き差しならぬ対立関係に陥った。ガバナンス不全と経営の迷走を目の当たりにした永山氏が車谷氏に辞任を勧告した。すると、CVCが突然、東芝の買収を提案。車谷氏はCVC日本法人の元会長、東芝社外取締役の藤森義明氏はCVCの最高顧問だ。「古巣のCVCと組んだ自己保身の出来レース」との痛烈な批判を浴び、4月14日、車谷氏は辞任に追い込まれた。

車谷前社長を「強欲」と断罪

 車谷氏が失脚した。車谷氏を起用した小林氏は自らの不明を恥じているのかというと、まったくそうではない。「週刊文春電子版」(4月21日付)が「東芝・車谷前社長の『強欲』小林喜光前議長が告白」と報じた。

<「いや、彼はよくやったし、早かったし、優秀なんだけど、やっぱり自分のことしか、考えてないってことだよ。自分の人生のことばっかり考えているんだ」

――強欲のイメージも・・・。

「それは間違いないよ」〉

 東芝の取締役会議長を務めた小林氏は、自ら抜擢した車谷氏をこう断罪してみせたのである。東芝は昨年、報酬委員会が役員報酬の評価スキームを変えた。うまくやれば、社長の報酬は3~4億円になるシステムになった。

<「歴代社長は昔1億くらいもらっていたけど、スキャンダルで、3割とか、半分になったからね。それを世界の競合他社並みにしたい。この新しいスキームは事務局が作った案とはいえ、裏に、車谷がいたのは事実」>(「文春」より)

 車谷氏を「強欲」を断罪し、その仕事ぶりは「自分のことばかり」とした理由を、役員報酬の“お手盛り”と関連づけて小林氏は明解に解説してみせたわけだ。そんな“お手盛り”を認めたのは、小林氏ら社外取締役の面々ではないのか。車谷氏とコンビを組み、「プロ経営者」の異名をとる藤森氏については<「アイツ、酒ばっかり飲んでるな。あの辺は、何がプロ経営者だってところはあるわな(笑)」>(「文春」より)と、こちらも一刀両断にしてみせた。

 他人を攻撃する際の歯に衣を着せぬ物言いは、たしかに面白い。しかし、車谷氏をCEOに起用し、藤森氏を社外取締役に招いたのは取締役会議長で指名委員会委員長の小林氏だったはずだ。

「あなたが選んだのではないのか。任命責任を不問にしていいのか」と誰も問わないのだから世も末である。「後付けの評論家になるな」。小林氏が入社式で新入社員に向かって、常に発する言葉だ。東芝のガバナンス問題では、この言葉がブーメランのように小林氏のもとに戻ってくる。

 責任を他人に押し付ける小林氏は、はたして東京電力の会長として適任なのだろうか。東京電力の会長になれば三菱ケミカルHDの取締役会長は辞めなければならない。かつて東電の会長になった知名度の高い経営者が出身企業のトップを続けようとした時、「中立」「公正」の原則に抵触するとの議論が巻き起こり、断念したことがあったからだ。小林氏のお眼鏡にかなった外国人社長を起用し、社内が揺れている三菱ケミカルHDの経営の結果責任は誰が取るのだろうか。取締役会長の肩書きはなくなっても実質的に三菱ケミカルHDの経営を、これまでと同じくコントロール(支配)してくのだろうか。

 小林氏は、本当に優秀な経営者なのか――。筆者は常々、こうした疑問を抱き続けている。東電の会長になれば責任は一層重くなる。今度は筆者の疑問が氷解するかもしれない。淡い期待を持っている。
(文=有森隆/ジャーナリスト)

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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