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鴻海、なぜ米国「1兆円」工場建設を頓挫させたのか?米中の間で強かな“天秤外交”

文=編集部
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鴻海創業者の郭台銘氏(「Wikipedia」より)

 シャープの親会社、台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)が米国で予定していた1兆円を超える新工場の建設計画が頓挫した。ロイター(4月20日付)は「米ウィスコンシン工場の投資・雇用計画を大幅削減」と報じた。

 鴻海は2017年7月、米中西部ウィスコンシン州に新工場を建設する計画を発表した。創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏がホワイトハウスに招かれ、半年前に就任したトランプ大統領(当時)の目の前で発表した。総額100億ドル(約1兆1000億円)に上る巨額投資。液晶パネルの一大生産拠点をつくるというものだった。1万3000人の雇用が生まれると説明。外資系企業による新工場への投資としては米国史上最大とされていた。

 18年6月、ウィスコンシン州で新工場の起工式が行われた。トランプ大統領が自ら出席。スコット・ウォーカー州知事(当時)、鴻海の郭氏の3人が仲良く並んで笑顔で土に鍬入れをするシーンが全世界のテレビで放映された。1兆円を超える投資をトランプ大統領は誇らしげに語り、これこそ「米国の製造業の復権。アメリカン・ファースト(米国第一)の象徴になる」と声を上げ、鴻海を持ち上げてみせた。

 だが、新工場は着工しなかった。ロイター(19年1月30日付)は「鴻海がウィスコンシン州で進める100億ドル規模の液晶パネル工場の建設計画を見直す」と報じた。

 鴻海は本気で1兆円の新工場をつくる気があったのかとの疑念が出てきたのも無理はない。今日では「政治マター(案件)」だったことがはっきりしている。ウィスコンシン州は白人労働者が多いラストベルト(さびた工業地帯)である。工場が多く、労働組合も強く、もともと民主党の地盤だった。だが16年の大統領選挙で共和党のトランプ氏が激戦州として知られる同州で勝利を決め、大統領に当選した。

 ただ、支持基盤は盤石ではない。そこでトランプ大統領は17年の就任直後から、20年の大統領再選をにらみ、動いた。18年11月の中間選挙が前哨戦とみて、ウィスコンシン州知事選で共和党のスコット・ウォーカー知事の再選を狙い、後押しした。その目玉が鴻海の新工場の誘致。共和党知事が再選されれば雇用が増えると宣伝したのである。

 州知事選まで5カ月に迫った18年6月、鴻海の新工場の起工式が行われた。知事選を応援する政治的パフォーマンスであったことはいうまでもない。前出のロイター記事によると、鴻海の計画は地元の反対に直面した。外国企業への税優遇措置や、鴻海に大幅な水利権や土地の収用権を与えた条項などに批判が上がっていた。

 18年11月の州知事選で共和党の現職ウォーカー氏が民主党候補のトニー・エバーズ氏に敗北。これが転換点となった。19年1月、鴻海は新工場の建設計画を見直し。20年10月州政府が投資計画を縮小した鴻海に税優遇措置の見直しを通告した。そして同年11月、米大統領選でトランプ氏が敗北したことで鴻海の「1兆円工場」計画は終焉に向かった。鴻海の巨大プロジェクトは政争の具でしかなかった。

“米中貿易戦争”のはざまで天秤外交

 鴻海の創業者、郭氏は米中貿易戦争のはざまでビジネスを展開してきた。米大統領選があった2016年、鴻海が傘下に収めたシャープとともに、中国・広州市に液晶パネル工場を建設し、1兆円を投資する計画を表明。トランプ氏が米大統領に就任すると米国でもトランプ政権の意向にも沿ったかたちで1兆円規模の液晶パネル工場の建設計画を打ち出した。

 さらに、2018年、中国・珠海市に1兆円規模の大規模な半導体工場を新設することが明らかになった。中国はハイテク産業育成策「中国製造2025」で半導体の国産化を強力に進めており、鴻海は中国の国策に協力する。米国はハイテク覇権を狙う中国の同政策を問題視しており、新たな火種となった。

 郭氏自身は経営者から政治家へと転身を図る。2020年、台湾総統選で大富豪の郭氏は有力候補に躍り出た。郭氏は鴻海が大規模な生産拠点を置く中国と太いパイプを持つ。総統になれば、親中的政策に傾斜していくとの見方もあり、米中貿易摩擦をめぐるパワーバランスを崩す影響力を持つ可能性が指摘された。親中派の頭目とみなされ、結局、立候補断念に追い込まれた。台湾総統選では対中強硬路線をとる民進党の蔡英文氏が再選を果たした。

 郭氏は米中の対立のはざまでビジネスチャンスをうかがう天秤外交を進めたが、トランプ氏が敗北後、米国からそっぽを向かれ、挫折した。

次に目指すのはベトナム

 鴻海の2020年12月期決算は売上高が前期比0.3%増の5兆3580億台湾ドル(約20.6兆円)と過去最高だった。一方、純利益は12%減の1017億台湾ドル(約3900億円)と4年連続で減った。

 売り上げの約5割を米アップルに依存し、アップル製品の販売動向が業績を大きく左右する構図だ。iPhoneの受託生産に代表される電子機器の受託製造サービス(EMS)だけでは、どうしても収益が上げづらいという構造的な問題が出ていた。主力の工場を置く中国では人件費の高騰が続いている。

 そこで、中国以外での生産体制を強化しており、なかでもベトナムに重点的に投資している。共同通信社のグループ会社でアジアの経済情報を配信しているNNA(21年3月12日付)はこう報じた。

<鴻海精密工業グループ全体のベトナム事業の年間売上高が向こう3~5年で400億米ドル(約4兆3400億円)に到達する見通しだ。2020年の売上高の7倍近くとなる。ベトナムメディアによると、鴻海グループの同国事業の20年売上高は前年比2倍の60億米ドル。21年は100億米ドルを超える見通しだ>

 1兆円工場計画が頓挫し、米国に見切りをつけた鴻海はベトナムに活路を求めているようである。

(文=編集部)

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