甘くて皮ごと食べることのできる高級ブドウ「シャインマスカット」を筆頭に、ブランド果物などの苗木や種子の中国や韓国への流出が後を絶たない。シャインマスカットは中韓で無断栽培されたものが香港などで流通し、日本産の輸出の機会損失は数千億円に上るとの見方がある。国の研究機関「農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)」のお粗末ぶりが国益を損なっている。
発見時には手遅れ
シャインマスカットはおよそ30年の開発期間を経て、2006年に国の品種保護制度に登録された。国内外で人気が高く、1房1万円以上の値が付くものもあり、農家にとってはドル箱。しかし、農家の所得向上に水を差すような出来事が数年前に判明した。それは、中韓での無断栽培の横行だ。どのように流出したかは不明だが、ホームセンターで誰でも購入が可能。農家から譲り受けた小さな苗木を基に増殖することもできる。当時の種苗法は苗木や種子を国外へ持ち出すことを禁じていなかった。
中韓両国にも苗木や種子を保護する制度は存在するが、無断栽培が発覚した時点では申請期限が過ぎていた。このため、日本側は販売差し止めといった対抗策は打てず、無断栽培を甘受せざるを得なかった。日本の技術者が指導しているとみられ、中国のシャインマスカットの品質は向上している。割安なため、輸出拡大を狙う日本産にとっては脅威だ。
輸出意識せず
なぜシャインマスカットの苗木の流出を許してしまったのか。21世紀初頭の日本には農産物を輸出していこうという意識が欠けていたことが理由。農研機構は当時、模倣品などが国内への流入を防ぐことに重きを置いていたため、日本国内の保護制度には登録申請したが、中国や韓国など現地の制度にエントリーしようという考えはなかった。
日本の農産品を世界に売り込んでいく動きが活発になったのはここ最近の話。いざ本腰を入れて取り組もうとしたときに、海外で生産された日本産の品種が第三国に出荷されるリスクを初めて思い知らされた格好だ。月日やコストを掛けて育て上げた品種だとしても、海外に盗まれてしまえば、何の意味もない。公的機関である農研機構の責任が厳しく問われる。
もぐもぐタイムで話題のイチゴ
3年前の平昌五輪でカーリング日本女子代表が休憩時間「もぐもぐタイム」でおやつを食べる姿は印象的だった。そのなかで彼女たちが食していた韓国産イチゴのルーツが日本の品種だったことが話題になった。実際、韓国で生産されているイチゴの多くは日本由来のものという。「とちおとめ」「章姫」「レッドパール」といった品種が流出し、これらを交配させた韓国産イチゴがアジアに積極的に輸出されている。日本産の輸出機会損失は年間約44億円に上るという。
狙われる日本ブランド
農林水産省のまとめによると、かんきつやモモ、サクランボ、サツマイモ、ブドウなど計36品種が中韓のインターネットサイトで販売されている疑いが浮上。日本の果実などブランド農産品が常に狙われている実態が明るみになった。サイトで販売されている苗木がすべて本物かどうかはわからないが、日本産のブランド価値を著しく傷つけていることは間違いない。36品種の流出疑いは氷山の一角にすぎず、これまで管理が緩かったため、より多くの品種が中韓などに渡っているとの見方が根強くある。
政府は農林水産物・食品の輸出拡大を重要な国家戦略として位置付けており、足元のブランド保護が急務となっている。今年4月には品種の国外持ち出しを規制する改正種苗法が施行された。規制強化することで、開発者が安心して研究に取り組める環境をつくり、優良な品種をより多く誕生させることが究極の目的。ただ、近年、品種開発は停滞気味。研究基盤が弱体化している可能性もあり、農業の競争を高めるという政府の狙いが実現するかは不透明だ。
しかも、中韓のブローカーが日本産品種を狙い続けており、規制の網をかいくぐるためのあらゆる企てを行うことは容易に想像できる。法律を改正してそれで終わりとはいかない。重要なことは国内での保護を徹底した上、中韓でも保護制度に登録するなど重層的な対策を講じていくことに他ならない。高い意識を持って臨まないと、日本の農業の未来がなくなる。
(文=編集部)