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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ウクライナ危機の根源はミンスク合意…部外者の米国が露の脅威を煽り、欧州に大打撃

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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ロシア・モスクワのクレムリン(「Wikipedia」より)

 ウクライナ情勢がかつてないほど緊迫している。メディアでは「ロシアにウクライナ侵略の意図あり」を前提にした論調が大勢を占めているが、「なぜこの時点でロシアがウクライナを侵略しなければならないのか」との理由付けが釈然としない。「『今乗り出さなければウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を止められない』との危機感がロシアにある」との主張が多いが、ウクライナのゼレンスキー大統領は2月17日、「ウクライナは長年にわたりNATO加盟を望んできたが、そのプロセスは進展していない」と述べている。

 現在のウクライナ情勢はNATOとの関連で議論されているが、はたしてそうだろうか。ロシアとウクライナの関係が悪化した発端は、2014年にウクライナに親欧米政権が誕生したことにある。「新政権がロシア語話者(親ロシア系住民)を迫害する」との警戒から、親ロシア系住民が多数を占めるドンバス地域(ドネツク州とルガンスク州)で分離独立の気運が高まり、ドンバス地域の一部に半ば独立状態が生まれた。

 ロシアはクリミアの場合と異なり、ドンバス地域の一部を併合することはなかったが、ロシア軍は陰に陽に分離派武装勢力を支援してきた。分離派武装勢力が支配する地域ではウクライナ政府が住民の社会保障を放棄したことから、ロシア政府が地域住民の保護を肩代わりする状態となっている。

 ドンバス地域では当初、ウクライナ政府軍と分離派武装勢力との間で激しい戦闘状態になったため、ドイツとフランスが仲介に乗り出し、2015年2月に現在の停戦協定であるミンスク合意を成立させた。この合意は、当時のドイツのメルケル首相の尽力により実現したもので、ウクライナ情勢の安定化にとって最も重要な土台だとされているが、この合意に米国は関与していない。

 ミンスク合意は単なる停戦協定ではない。「ウクライナ政府がドンバス地域の一部に強い自治権を認めるなどの内容を盛り込んだ憲法を改正する」という高度な政治的取り決めも含まれている。自国に有利な内容となっていることから、ロシアはミンスク合意の履行の重要性を強調しているのに対し、ウクライナは一貫して否定的な立場をとっている。2019年に就任したゼレンスキー大統領は、不利な戦局の中で結ばれたミンスク合意の修正を求めたが、ロシアはこれに応じなかったことから、昨年1月「ミンスク合意を履行しない」と宣言した。これに対し、ロシアは「ウクライナがミンスク合意を破棄して武力解決を試みようとしている」と警戒、昨年3月からウクライナ国境沿いに軍を増派して圧力をかけた。その後もウクライナが態度を改めなかったことから、昨年10月以降再び軍事的圧力をかけた。

焦点がNATOの東方拡大にすり替わり

 ロシアの一連の動きは、欧州に対して「ウクライナがミンスク合意を履行するよう促してほしい」とのメッセージだった可能性が高いが、この動きに敏感に反応したのが本来の調停者であるドイツやフランスではなく、部外者である米国だった。バイデン政権の対ロ強硬派がこれを奇貨としてロシアの脅威を煽ったことから、焦点がミンスク合意からNATOの東方拡大にすり替わってしまった感が強い。

 米国がウクライナ危機を喧伝したことで、欧州は大きな打撃を被っている。そのせいで
エネルギー価格が高騰し、欧州の消費者は高額の出費を強いられている。事の重大さにようやく気づいた欧州は「ウクライナ問題で米国にかき回されたが、そろそろ主導権を米国から取り戻そう」と躍起になっている。

 フランスのマクロン大統領は2月7日にロシアを訪問、その直後にウクライナのゼレンスキー大統領と会談して「ミンスク合意に基づき憲法改正を実施する」ことを約束させたといわれている。15日にロシアを訪問したドイツのショルツ首相もミンスク合意に言及したことで、「問題の本質はミンスク合意だ」との認識に戻りつつある。

「ミンスク合意の遵守に絞って協議が続けば、ウクライナをめぐる事態はいずれ鎮静化する」と筆者は考えているが、ミンスク合意に関するロシアとウクライナの溝は深く、11日に行われた協議でも進展はまったく見られなかった。

ロシア、ウクライナ領内に軍を投入の可能性も

 ウクライナ・ロシア両国内の政治情勢にも注意が必要だ。ゼレンスキー大統領は「ロシアよりも国内の政治的ライバルとの確執にうつつを抜かしている」と噂されており、配下の過激分子が暴走する可能性が指摘されている。

 プーチン大統領も国内の対外強硬派を押さえ込めるかどうかは定かではない。ロシア下院は15日、ウクライナ東部の親ロシア派が実効支配する地域の独立を承認することをプーチン大統領に要請する案を採択した。これを実行すればミンスク合意を自ら破ることになり、欧州との対立が決定的になるため、プーチン大統領が下院の要請にただちに応じるとは考えにくい。だがプーチン大統領は15日に「ウクライナが親ロシア派が支配する地域でジェノサイドを行っている」と非難したように「ロシア文化圏に生きる人々を保護しなければならない」との信条が強い。

 ウクライナ東部では17日から戦闘が激化し、双方が「責任は相手側にある」と非難する事態になっている。分離派武装勢力が劣勢となり、親ロシア派住民の安全が脅かされるようになれば、ロシアがウクライナ領内に軍を投入せざるを得なくなるかもしれない。

 繰り返しになるが、ウクライナ危機の根源はNATOの東方拡大ではなくミンスク合意である。最悪の事態を回避するために、日本を含め国際社会はウクライナ東部の停戦を早期に実現させるための最大限の努力をすべきなのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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