米中対立や世界経済のデジタル化の加速、および火災や寒波による日米での半導体工場の一時操業停止の影響などによって、世界全体で半導体が不足している。一例が、スマートフォンの作動を支えるアプリケーションプロセッサなどデジタル半導体の不足だ。
それに加えて、電力の供給や音量などの操作を支えるアナログ半導体も不足している。見方を変えれば、中長期的にデジタルもアナログも、経済のデジタル化の進行とともに半導体の需要は拡大する可能性がある。その中で注目したい企業の一つが、日清紡ホールディングスだ。その理由は同社が積極的に業態の転換を進め、アナログ半導体などの競争力発揮を目指していると考えられるからだ。
半導体の不足は2023年頃まで続く可能性がある。世界経済にとって半導体の重要性が高まる中、日清紡は買収などによって取り込んだ生産要素をフルに活用し、ニッチな分野でシェアを獲得する好機を迎えつつあるように見える。
アナログ半導体とは何か
近年、日清紡はアナログ半導体をはじめとする電子部品(マイクロデバイス)や無線・通信関連機器の生産能力の向上に取り組んできた。いずれも世界経済のデジタル化とともに重要性が高まっている。特に、アナログ半導体の需給はひっ迫している。同社の事業戦略を考えるためにアナログ半導体がどういった電子部品かを確認することは重要だ。
重要なことは、「アナログ」のイメージをしっかりと持つことだ。アナログとは、エネルギーや時間などを連続した量として示すことを意味する。要は、わたしたちが目にする現象はアナログである。アナログ半導体とは、わたしたちが感じる音量などを信号に変換する電子部品と考えるとわかりやすいだろう。例えば、スマホの音量ボタンを操作すると、音楽などのボリュームが変化する。スマホを横に傾けると、画面は縦長から横長に切り替わる。人差し指で画面を右から左にスワイプすると画面が遷移する。それらの動作を支えるのがアナログ半導体だ。具体的には、接触に関するセンサや電源管理を行う集積回路(IC、パワー半導体などと呼ばれる)がある。
アナログの対義語がデジタルだ。デジタルは、連続する量を一定間隔に区切って、数字で表現する方式だ。デジタル半導体は信号を0と1に置き換えることによって論理演算を行う。自動車やデジタル家電などにはアナログ半導体とデジタル半導体の両方が用いられ、わたしたちの操作(アナログ)をデジタル信号に置き換え、それを電力供給や音量、画像処理などの制御につなげることによって個々の製品の機能が発揮される。
なお、半導体にはさまざまな種類がある。その一つとして世界半導体市場統計(WSTS)は、世界のIC市場をアナログ、マイクロ、ロジック、メモリの4つに分けている。アナログ以外を簡単に説明すると、マイクロはパソコンのCPUをはじめとするマイクロプロセッサや、自動車の“走る、止まる、曲がる”を司るマイクロコントローラ(マイコン)などを指す。ロジックは画像処理専用の演算装置であるGPUやスマホのアプリケーションプロセッサなどを指す。マイクロとロジックの境界は薄らいでいると指摘する半導体の専門家もいるようだ。また、メモリはNAND型フラッシュメモリやDRAMなどを指す。
アナログ半導体分野での成長を目指す日清紡
日清紡は繊維メーカーとして成長を遂げ、第2次世界大戦後は戦中の飛行機生産の経験を活かして自動車のブレーキパッドなどの生産に進出した。さらに、近年の日清紡は積極的に事業ポートフォリオの入れ替えを行い、日本無線、および新日本無線を子会社化し、アナログ半導体など電子部品事業を強化してきた。さらに、日清紡はリコーからアナログ半導体生産を手掛けるリコー電子デバイスを買収し、その上でマイクロデバイス事業の中核である新日本無線と統合した。
その過程で日清紡は紙製品事業を切り離している。2020年度の売上高を事業別にみると、繊維は7%、ブレーキが25%、無線・通信およびマイクロデバイス関連が45%の売り上げを占めている。総合的に見て日清紡の事業戦略は、通信関連の機器やアナログ半導体など世界経済の先端分野での収益力強化を主眼に置いているといえる。
現在の世界経済では、ロジックなどデジタル半導体だけでなく、アナログ半導体の需給もひっ迫している。軽視できないことは、アナログ半導体の不足がより深刻である可能性だ。2020年10月、ルネサスエレクトロニクスの決算説明会ではパワー関連をはじめアナログ半導体の不足を示唆する発言があった。その後の世界的な自動車のペントアップディマンドの発現や2021年2月の米寒波によるサムスン電子の工場停止、さらには3月のルネサスエレクトロニクス那珂工場の火災等の影響を加味すると、現在のアナログ半導体の不足は想定以上である可能性がある。
また、アナログ半導体の不足解消はスムーズに進まない可能性がある。世界の半導体業界全体で考えると、ファウンドリー最大手の台湾積体電路製造(TSMC)や世界2位の韓国サムスン電子は、利益率の高いロジック半導体の微細化(回路の線幅をより小さくして集積度の向上と消費電力の低下などを目指す生産技術)に注力している。その分、汎用型の生産ラインを用いて製造されるパワーマネジメントや音響などに関するアナログ半導体の需給の安定には時間がかかるだろう。日清紡はアナログ半導体事業に注力して新しい稼ぎ頭を育成するチャンスを迎えている。
今後、日清紡に求められる取り組み
日清紡に必要と考えられる取り組みの一つは、中長期的な需要拡大が期待できるパワーマネジメントICなどアナログ半導体の創出能力を強化することだろう。長めの目線で世界経済の展開を予想すると、自動車の電動化によって自動車の生産に必要な半導体点数は増加するだろう。それに加えて、脱炭素の推進のために、より効率的な電力制御を可能にする半導体の需要も高まるだろう。
自動車や工作機械など、製品そのもののサイズが大きい場合には、微細化の重要性が常に高まるとは限らない。つまり、汎用型の生産技術を用いて、より効率的なエネルギーの貯留や供給を可能にする半導体素子や、それを組み合わせた集積回路が実現できれば、脱炭素の加速など世界経済の環境変化に伴う半導体需要を日清紡が取り込み、さらなる成長を目指すことは可能だろう。
そのために同社に必要なのは、これまで以上の集中力とスピード感をもってより高性能のパワー半導体などの開発に注力することだ。なぜなら、世界的にアナログ半導体業界での技術開発与シェア獲得競争がし烈化しているからだ。
現在、電気自動車(EV)などの生産を行う中国の比亜迪股份有限公司(BYD)は車載用半導体事業を強化し、世界的な半導体不足が続く中でシェアを伸ばそうとしている。その一方で、米国政府は、中国系の投資ファンドによる韓国マグナチップ半導体の買収を保留するよう命じた。マグナチップはパワーマネジメント関連のアナログ半導体などを生産している。微細化など最先端の半導体生産技術に加えて、アナログ半導体分野でも、米中の技術覇権争いはし烈化しつつあると考えられる。その状況下、アナログ半導体分野でも企業の合従連衡が進む展開もあるだろう。ルネサスエレクトロニクスによる英ダイアログ・セミコンダクター買収はその一例だ。
日清紡が傘下に収めてきた新日本無線などは音響や車載半導体分野での技術開発に取り組み、ニッチな分野で成長を遂げてきた。日清紡の経営陣に求められることは、そうした組織、個人の技能や新しい生産技術確立に向けた情熱がさらに発揮される体制を強化することだ。それは、日清紡全体が先端分野におけるさらなる成長を目指し、事業の新陳代謝を高めて長期の存続を目指す重要な取り組みの一つとなるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)