全国大会>常連の公立吹奏楽部の不思議
ある週末の夜にテレビを見ていたら、高校生の吹奏楽部が演奏している様子が流れてきました。3分ほどの演奏でしたが、これは音楽の演奏を超えて、完全にエンターテインメントでした。総勢100人を超えるビッグバンドが、演奏しながら、野球場のスタンドで観客がするようなウェーブをしたり、ステージ後方でホルンなどの大型管楽器を持った複数のプレーヤーが一列に縦に並び、タイミングをずらして上半身だけを回転させたり、1メートル四方もありそうな大きな旗を投げて隣のメンバーとキャッチしあうような演技があるなど、本当に感動的でした。
これは都立杉並高校の吹奏楽部によるパフォーマンスでした。調べてみるとこの吹奏楽部は全国大会の常連校で、グランプリを受賞したこともあるほどの実力校でした。
私は吹奏楽部に所属したことがありませんし、時代も違うので内情はよくわかりませんが、私の持っている高校吹奏楽部のイメージは、譜面どおりに正しく演奏する、ミスしないようにする、発表会になるとみんなガチガチに緊張した様子で演奏するという印象です。しかしこの吹奏楽部が重視していることは「いかに観客を楽しませるか」という点のように見受けられました。人を楽しませる演奏をするためには、ミスせず譜面どおりに演奏することは目標ではなく、前提条件となるはずです。
さて、この吹奏楽部は、なぜこのような高いレベルのパフォーマンスを何世代にもわたって続けることができるのでしょうか。高校の吹奏楽部だということは、メンバーが毎年入れ替わります。いくらスーパープレーヤーがいたとしても、最大3年間で卒業してしまいます。私立高校ならば、すでに中学時代に出来上がっている演奏者だけを集めたチームをつくることもできるでしょうが、この高校は公立高校です。吹奏楽推薦入学というのもあるようですが、年に数名だそうで、全部で100名を超える部員数を考えればほんの一部です。
ということは、この吹奏楽部のレベルが高いのは一部のスタープレーヤーの力ではなく、3年以内に全国トップクラスのメンバーになれる人材を育てる仕組みを持っている、ということです。
高校生でも顧客志向
我々ビジネスパーソンは、この吹奏楽部の例から何を学ぶことができるでしょうか。映像では、指導者の熱意と、彼の「目標を高く持ち、絶対にできると信じろ」という言葉がハイライトされていましたが、私はそれ以外にも、この全国大会常連の吹奏楽部には、これから述べる2つの仕組みが隠されていると思います。
まずひとつは、顧客志向であるという点です。
私の見る限り、彼らのゴールは「パフォーマンスによって人を楽しませる」ことです。先ほどお話しした、私が厳しい高校生の部活としてイメージする「ミスをせずに譜面どおりの演奏をする」というゴールを持っているチームと、そのゴールを達成するプロセスに、どのような違いが生まれるのでしょうか。
ミスをせず、譜面どおりの演奏をすることをゴールにした活動プロセスにおいては、減点法、つまりマイナスを減らすための取り組みを練習で行うことになります。一曲弾けたら、次はもっと難しい曲、というふうに、主に技術の習得を中心とした訓練となるはずです。また、楽器の演奏がもっとも重要なことであり、それを演奏している姿は、自然体に見えるなど、マイナスを減らすことに注力することとなるでしょう。
その一方で、「パフォーマンスによって人を楽しませる」ことをゴールにすると、「完璧な演奏をする」ということは、そのゴールの前提条件になります。ですから、目標を変えた瞬間に、今までの最終目標は、過程としての目標に変わってしまうのです。同時に、聴衆に楽しんでもらうためには、演奏以外の部分も重要です。演奏する姿は単に自然体に見せるということを超えて、笑顔で楽しそうにする。さらには、動きを取り入れて派手に演出する、ということもやりたくなってきます。こうした演出に注力するためには、楽器の演奏以外のことに集中していても、演奏できるほどのレベルになっていなければなりません。ですから、完璧な演奏は、ゴールではなく出発点となるのです。
さらに、「聴衆を楽しませる」ためには、「どうしたら楽しくなるか」とまず考える必要があります。「楽しませる」ことには終わりがありませんから、試行錯誤しながらもどんどん進化していかざるを得ません。譜面どおりに演奏するゴールでは、譜面どおりにできた時点でミッション達成であるのと対照的です。
また、そのパフォーマンスでは、「斬新さ」や「技術の高さ」を積極的にアピールしていません。テレビで演奏していたのは『ヤングマン』『負けないで』『ロッキーのテーマ』など、誰もが知っているなじみの曲ばかりでした。少しアレンジを加えたりして、さりげなく高い技術を見せる程度でした。
ゴールを変えることは、このように結果とプロセスの大きな違いとなって返ってくる、ということです。
「難しくてできないこと」が全員が取得している最低水準
もうひとつ、この吹奏楽部の裏側に存在するであろう仕組みは、レベルの高い集団にいることで、最低ラインが上がるということがあります。ある集団にとっては「難しくてできない」ことは、別の集団にとっては「全員が習得している最低水準」だったりします。
彼らのように、毎年のように全国大会に行くような集団では、新入部員として最初に目にし、耳に聞こえるレベルが非常に高いはずです。そのような集団に入ると、人は自分が「もう少しうまくなるにはどうしたらよいか」などの曖昧な基準ではなく、「あのレベルに達するにはどうすればよいか」を考え始めます。技術的な目標がはっきりしていて、しかもそれがかなり高いため、普通にやっていてはダメだということに、相当早い段階で気づきます。ただし、3年弱という期限があり、しかも課外活動ですから、限られた時間をどう使うべきか、知恵を絞って工夫するようになります。
周りより飲み込みが遅い人は、帰宅後や週末に練習をするでしょう。いわゆる“残業”ですが、それを自分のためにやります。そして、毎年その先輩たちの業績を越えることを求められ、またそれを自分自身の目的として達成しようとしているはずです。
このような集団に属していることは、それだけで大きなメリットがあります。実際、部に入ったときのレベルは、全国のほかの高校性と変わらない人がほとんどだといいます。しかし、たった1年や2年の努力で、達成できることは天と地ほどの差ができてしまうのです。
40点の商品が60点になっても、誰も買わない
さて、このような組織をつくるには、一にも二にも、管理職の役割が重要です。
中間管理職であれば、培われてきた会社の文化がありますから、いきなりリーダーになったからといって、すぐに変えることはできません。しかし、世の中のほとんどの人が、現状に甘んじて目標がよくわからない組織で働くよりは、高い目標を掲げていつも何かが足りない状況で働くほうが、面白いと感じるはずです。
仕事ではプラスを伸ばすことでしか、業績を挙げることができません。なんでも一通りできる、バランスのとれた人材を目指すべし、という考え方が、特に大きな組織では重視されがちです。しかし、ビジネスにおいてはそれが必ずしもよいとは限りません。
理由のひとつは、学校の勉強と違って、仕事には点数の上限がないからです。学校の勉強、特に受験の勉強は、たとえば100点満点という上限があります。ですから極端な話、100点を取れるようになったら、その教科はそれ以上勉強する必要はありません。他の40点や60点の教科に集中すべきです。なぜなら、受験勉強とは範囲が決まっていて、点数の上限がある世界で、できないことをなくすことがその本質だからです。
ところがビジネスの世界では“いいところ”からしか収益は生まれません。そして、その“いい”の基準が常に上がっていきます。ですから、100点が取れる人が増えてくると、過去の基準では150点くらいが、新しい100点になります。一方、ものすごくがんばって、40点を60点にしたところで、残念ながら1円の収益も生まれません。
消費者の視点でこのことを見てみると、はっきりとわかります。あなたは100点の商品を買いたいはずです。同じ値段で、機能や質感が100点の商品と、80点の商品が並んでいたら、どちらを買うかは明白でしょう。メーカーがあなたに80点の商品を買ってもらうためには、値段を下げるか、改良して101点以上を目指す以外にありません。その一方で、メーカーが30点の商品に、ものすごい改良を加えて60点にしたとしても、見向きもされません。
あなたが日常的に行っているこの選択こそが、まさにビジネスの現場で行われていることです。
ですから、管理職はメンバーの悪い点の克服に目を向けるのではなく、よいところを伸ばすことを心がけるべきです。あるメンバーに弱みがあれば、それを得意とする人に補ってもらえるよう役割分担を見直したほうが、成果が上がることでしょう。
長所を伸ばすというのは、子供向けの精神論だけでなく、ビジネス的にも正しいのです。管理職が部下の能力を引き出すためには、顧客志向であること、最低のレベルを上げること、そして長所を伸ばすことが重要です。
(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)