ちなみに今回判決が出た新日鉄住金に対して損害賠償を請求した原告は、韓国政府の補償基準では生存して負傷者しなかった者であり、被告が支払いを命じられた1億ウォンを勘案すれば、政府がこれまで行ってきた補償は貨幣価値を勘案してもきわめて低水準であると考えられる。
大法官の勇み足
日本と韓国はそれぞれ譲れない主張にあえて白黒をつけずに請求権協定をまとめた経緯があり、韓国政府は国内法を制定して元徴用工に対して補償を行ってきた事実があるにもかかわらず、司法はなぜ今回(元をたどれば2012年)にこのような判決を出したのであろうか。
韓国の大法官(日本の最高裁判事に相当)は14名であるが、大半が裁判官出身であり、裁判官から弁護士となった者が2名、検事出身が1名、弁護士出身が1名である。この構成は行政出身がいないことを除けば日本と大きな違いはない。
しかし、韓国の裁判官は伝統的に行政や立法が実現できないことを司法が実現するといった使命感が相対的に強いと聞く。つまり、各方面への影響を勘案して行政や立法が手を付けることが難しい案件につき、行政や立法の立場とは独立に判決を出す傾向があるわけで、今回の元徴用工に関する判決は、元徴用工に関する問題を司法が解決するという使命感が招いた勇み足ではなかったかと思われる。
日本政府が今後行うべきこと
さて次に今回の大法院の判決が韓国経済にどのような影響を与えるか考えてみる。
まず日本から韓国への直接投資に対する影響である。日本の対韓直接投資は2010年代前半に急増したが、現在は一段落している。2010年前半の急増は韓国企業の需要を取り入れるため日本企業の生産拠点が韓国に進出したことによる。2000年代中盤にも同じように対韓直接投資が急増した時期があり、これも同じ理由である。2010年代前半に直接投資が急増した時期は、当時の李明博大統領が竹島に上陸したことなどを契機に日韓関係が揺らいだ時期が含まれている。しかし、当時の日韓関係の動きは直接投資には大きく影響しなかった。
ただし、今回は事情が異なる。今回の判決では、日本企業が被告となり損害賠償の支払いを命じられており、韓国の司法に対する不信感が高まることが予想される。今後、日本企業が韓国への投資を意思決定する際には、リーガルリスクも含めて慎重に判断せざるを得なくなることから、今回の判決が日本から韓国への直接投資にマイナスの影響を与える可能性は高いと考えられる。
最後に日本政府が今後行うべきことである。請求権協定の第3条では、協定の解釈および実施に関する両締約国の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決を図り、次に仲裁委員会の決定に服するとされている。そして、それでも解決できないならば国際司法裁判所に持ち込むことも選択肢である。韓国の司法がこのような判断を下してしまった以上、後戻りはできない。紛争解決に向けて両国が冷静に対処していくことが求められている。
(文=高安雄一/大東文化大学教授)
<参考文献>
出石直(2015)「戦後補償訴訟における元徴用工問題と日韓関係」(現代韓国朝鮮学会『現代韓国朝鮮研究』第15号, 30~50ページ。