9月、出版大手の講談社とネット通販大手アマゾンが取次会社を介さない直接取引を開始し、出版業界に大きな衝撃が走っている。
現状は講談社の扱う書籍のなかでも「講談社現代新書」「ブルーバックス」「講談社学術文庫」の3シリーズのみだが、効果を見極めたうえで今後はほかの書籍や新刊にも拡大する可能性が示唆されており、出版業界の転換期と見る向きも少なくない。
従来の日本の出版業界では、取次会社が出版社と書店の中間に入り、問屋として本や雑誌を配送するという体制が主流であった。だが直接取引では、アマゾンが取次会社を経由せずに出版社から直接在庫を仕入れるため、消費者に商品が届くまでの日数短縮につながるとのことだ。
この一件を受けて、ネット上では「出版社が取次を必要としなくなった」「本を購入する際に早く届いたり安くなったりするのか気になる」という声が多くあがっている。そこで今回は、日本の出版流通業界に詳しい流通科学大学商学部マーケティング学科教授・秦洋二氏に、講談社とアマゾンの直接取引導入による今後の出版業界への影響について聞いた。
世界的に見ると取次頼りの日本が特殊だった
実は、アマゾンは講談社と直接取引する以前から、取次会社と取引する一方で、すでに数多くの出版社と直接取引を行っていた。ただ、出版業界内の大手中の大手である講談社がアマゾンと手を結んだということは、異例の事態として受け止められているのだ。
直接取引によって出版業界がどう変化していくかが気になるところだが、まずは秦氏に日本の出版業界における取次会社の役割について解説してもらう。
「まず、取次会社は各出版社から新刊の情報を一覧としてまとめ、各書店へと提供します。次に各書店が入荷したい本を決定した後、取次会社が出版社から本を仕入れ、各書店まで運搬します。この一連の流れが主な取次の仕事です。現在、日本には大小合わせると出版社が約3000社、書店が9000店超存在しています。そして、発売される出版物は書籍だけでも年間7万点近くにも及ぶため、取次がいないと出版業界は機能しないでしょう」(秦氏)
では、そんな取次会社にはどのような種類があるのか。
「現在、日本出版販売(日販)とトーハンという取次会社の大手2社が、ほとんどの出版社、書店と取引を行っているのが現状です。戦前に、政府が出版物の流通統制を目的として、全国にある取次会社をひとつにまとめて日本出版配給株式会社(日配)という国策会社が設立されました。ですが戦後、GHQが主導した経済民主化の動きにより日配は解体の対象となり、現在の日販、トーハンへと分裂する結果となったのです」
続いて、秦氏は日本と海外の出版業界の仕組みを比較し、こう指摘する。
「一言でいうと、国際的にみると日本の取次会社はかなり特殊な存在なんです。日本では再販制度(再販売価格維持制度)と委託制度が認められています。前者は、出版社が書籍、雑誌の価格を設定して書店で販売できる制度、後者は一定期間内であれば書店で売れ残った本を出版社に返本できる制度となっています。これらの制度が適用されるためには、出版社や書店との膨大なコネクションを持つ取次会社の存在が必要不可欠です。
対して、欧米諸国の出版業界では、日本とは反対に直接取引を行っているところも少なくなく、特にアメリカ、イギリスなどでは再販制度が適用されていません。そのため、アマゾンは出版社と直接取引を行うことによって、本を大量に仕入れて消費者のもとへ早く、安く届けることが可能でした」
欧米では直接取引が多いようだが、こうした仕組みが日本では広まらなかったという。
「直接取引による流通自体はそれほど珍しいものではありません。たとえばスーパーマーケットでは、直接取引と問屋を介した取引、どちらも利用して店頭に商品を並べることが普通となっています。ですから、今回の講談社の取り組みは、むしろ流通の仕組みとしてはよりノーマルな状態に近づいたともいえるのです」
目的はコスト削減ではなく配本日数の最短化?
秦氏は、講談社が直接取引を開始した主な理由には、注文してから手元に商品が届くまでの時間を指す“リードタイム”の削減が挙げられると説明する。
「通常、書店で本を注文すると、間に取次が入るため発送までに時間がかかります。一方、アマゾンの『お急ぎ便』『当日お急ぎ便』といったサービスを利用して本を注文すれば、たいてい当日から翌日には消費者へ届きますが、古い本やマニアックな本はアマゾンや取次の物流倉庫にはなく、出版社にしか在庫がない場合が多いです。そうなると、取次が出版社まで在庫確認をしなければならず、発送まで時間がかかってしまいます。
ですから講談社は直接取引を導入することによって、出荷ロットの小さい本の発注から納品までの時間を短くしようとしているのでしょう。今回の対象となった3つのシリーズを見てもわかりますが、要するにシリーズ内の種類は多いけれど1作品1作品が頻繁に購入されるわけではない本を直接取引にして、リードタイムを減らそうとしているのです。
従来であれば、アマゾンで本を注文して取次の物流倉庫に在庫がない場合、取次が出版社まで在庫確認をしなければいけませんでした。しかし、取次を経由せずにアマゾンが出版社に在庫確認を行えるようになれば、直接取引の対象となる商品が物流倉庫に在庫がない場合でも届くのが早くなるのではないでしょうか」
ここまで聞くと直接取引にメリットが大きく、逆に取次会社を経由すると仲介手数料がかかるなどのデメリットに目がいってしまうが、講談社の今回の決断にも取次会社を介することの手間や不利益が関係しているのだろうか。
「いいえ、出版社はそれほど取次会社の存在をデメリットに感じていないでしょう。だいたいの出版取引における1冊あたりの取り分を算出すると、出版社が約70%、書店が約22%です。取次会社の取り分は残りの約8%。たとえば、取次会社は1000円の書籍を1冊流通させても80円ほどの利益しか出ません。そのため必要な経費として取次に仲介手数料を支払い流通も任せてしまったほうが、出版社にとっては効率的なのです」
取次会社への仲介手数料が必要なコストだとするなら、直接取引によって本の価格が下がるといったメリットはあまりなさそうだ。
「むしろ直接取引はコストが上がると考えるのが一般的です。たとえば、書店が各出版社に営業して本の仕入れを独自で行っていたら、時間とお金がいくらあっても足りません。市場がすべて直接取引になると、取引にかける時間、人件費でとてつもないコストが発生してしまいます。だから取次でまとまった量の本を仕入れて、世の中に流通させたほうが結局は消費者も安く本を購入できるのです。今回の場合、自前の物流倉庫を全国各地に所持し、物流投資にも多額の費用を注いでいるアマゾンだからこそ、直接取引が可能になったと見ていいでしょう」
アマゾンはあくまで特例で、出版社は取次を不要に感じているわけではないということか。
「出版社にとって、取次会社は自社の出版物を流通させてくれる商売相手です。そのため出版社が取次を疎ましく思うことはないでしょう。また書店としても、取次は膨大な量の出版物を用意してくれる必要不可欠な存在です。ですから日本では従来通り、取次会社を介した取引が主流の時代が当面は続くでしょう」
アマゾンの勢いは今後も増していくかもしれないが、それでも当分の間は出版社、取次、書店が築き上げてきた今までの流通ルートが、大きく崩れることはなさそうだ。
(取材・文=A4studio)