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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

はづ別館、客が値段を決めるシステム導入の驚異的影響…年間120本の取材依頼

大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授
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「はづグループ」公式サイトより

 現在、広まりつつある、Pay as you wish (Pay as you like/あなたのお好きな価格を支払ってください)という決済システムの、日本における元祖的存在である「はづ別館」の経営に迫る。前回記事『客が値段を決める宿・はづ別館、経営の秘密…客・旅館側、双方の納得感が向上』に続く第2回目である。内容は「はづ別館」を運営する株式会社はづ・代表取締役会長・加藤浩章氏へのインタビューに基づく。

Pay as you wish導入までの課題

 前例のない「客が享受したサービスを評価し、価格を決定する」というシステムの実施に際し、加藤氏に不安はまったくなかったという。「自らが誠実に取り組めば、多くの客は相応の金額を支払ってくれる」と確信があったからだ。「旅行会社に頼らなくても、これならいける!」と疑わなかったそうである。

 また、サービス開始に際し、誰にも相談はしなかったとのこと。当然、前例のないサービスゆえ、経験した人もおらず、仮に相談しても反対の意見が大多数であったのではないかと加藤氏は語っていた。母親や奥さんは、反対こそしなかったものの、大きな不安を抱えながら加藤氏についてきてくれたようである。しかしながら、多くの解決すべき課題があり、実際に思いついてから実施までに数年かかった。

 ちなみに、「客が享受したサービスを評価し、価格を決定する」というシステムの伏線と呼べるような取り組みが、はづ別館では行われていた。湯谷温泉の近くに鳳来山という山があり、夜になると、どこからともなく「仏法僧」という鳥の鳴き声が聞こえてくると話題になったことがある。NHKも取材に来る騒ぎとなり、調査の結果、コノハズクの鳴き声であることがわかった。

 加藤氏はこれを生かし、地域を知ってもらうための活性化策として、宿泊客に対して、鳳来山に行き、「仏法僧の鳴き声が聞こえなかった場合、宿泊料無料」のキャンペーンを実施し、大好評を得たという経験を持っていた。ちなみに、このキャンペーンは富士山が見えなかったら宿代無料といった他の旅館のサービスを参考に考案されている。こうした過去の成功体験もあり、「客が享受したサービスを評価し、価格を決定する」というシステムを決断できたと語っている。

「客が価格を決定する」システム導入後の反響

 このシステムを開始したところ、全国の新聞社やテレビ局などから取材依頼が殺到した。その数はすさまじく、年間80~120本にも及び、こうした状況が25年ほど続いた。あまりの取材依頼の多さに、旅館から逃げ出したこともあるという。

 こうした報道のおかげで、はづ別館には日本中から客が殺到するようになった。それまでは、豊橋や浜松など、中部・東海からの客が大半を占めていたが、市場が一気に拡大し、全国区の旅館へと変貌を遂げたわけである。さらに、ロイター通信社からの取材もあり、日本を超え、米ニューヨークからも客が来たとのこと。また、記事においては、はづ別館同様、湯谷温泉という名前も取り上げられ、地域にも大きく貢献したと思われる。

 誰かが上手くいけば模倣、つまり真似をする者が現れるのは世の常である。はづ別館により客値決めシステムが開始された後、お菓子屋、レストラン、美容院、映画館など、多くの企業が同様のシステムを開始したが、どれも一年を待たずして終了している。単なる集客目当て、つまり短期的利益のみに注力するだけでは継続できない困難さが、このシステムには存在している。つまり、自らの信念に基づく長期的な覚悟が強く求められるということである。

 システム開始当初は、顧客満足度を高め、1円でも高い価格をつけてもらえるように、気持ち的には「お背中を流しましょうか」と言いたくなるほどだったという。しかし、こうしたことをあまりに意識すると息切れしてしまい、システムを継続することは難しくなる。よって、接遇・掃除・料理などにおける最高のもてなしを自然体のままできるように日々努めた。つまり、「より高い価格をつけてもらうための取り組み」を特別に意識することなく、日々淡々と最高のもてなしを行うことに徹したのだ。

 かつては、靴を揃える、畳の角を踏まないなど、あらゆることがおもてなしだった。テーブルにベルなど置かなくても、呼ばれなくても、気を配り、当たり前のことは当たり前のこととして実行した。しかし、時代は変わり、放っておいてくれたほうがいいという客が増えてきたとも感じる。そのため、おもてなしのありようも変わっていくように思われると、加藤氏は語る。

 優秀なスタッフを集めるために、やはり給与体系は重要だろう。しかし、シーズン・オンとオフがある旅館業で、高い給与を維持することは難しい。つまり、給与をアピールしてこの業界に人を集めることは困難である。さらに、大事なことは「もてなす姿勢」があるかということである。この点は、そもそもそうしたことが好きか否かという、人の気質に大きく依存するだろうとのこと。

 また、最近の日本の若い人を見ると、辛抱できる人は少なくなってきているようにも思われる。一方、たとえば、ベトナムやネパールなど、外国人労働者は辛抱強く、真面目であり、従来の日本の文化や価値観のようなものも、ややもすると外国人から教わる時代に突入するかもしれないと感じる。

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

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