ソニーが、その強みを取り戻しつつある。
かつてのソニーの強みは、新しい価値観を人々に提供し、従来にはなかったライフスタイルや生き方=文化を生み出すことだった。同社が生み出した「ウォークマン」やパスポートサイズの「ハンディカム」は、世界中の人々に“新しい生き方”を与えるだけのパワーがあった。特にウォークマンは、外を歩きながら音楽をよい音質で楽しむという、新しい文化=ライフスタイルを人々に提案した。それがヒットし、ソニーは成長した。
しかし、その後のソニーは、自社の強みを見失ってしまった。特に、経営者が自社の向かうべき方向を定めることなく、事業ポートフォリオの拡大を目指したことは大きなマイナスだった。ある意味では、金融分野で多額の収益を上げることが、かえって同社本来の強み=コアコンピタンスを失わせることになったのかもしれない。その結果、同社は、人々に新しい価値観を提案するという意味でのイノベーション力を低下させてしまった。
ただ、2018年度の業績を見ていると、ソニーは輝きを取り戻しつつあるように見える。特に、ゲームビジネスの成長は頼もしい。中国の経済成長などを背景に、ゲーム市場には大きな可能性がある。ソニーがそのマーケットにおいて、どのようにシェアを得ていくか楽しみだ。
ソニーが取り組んだ事業再編成
近年、ソニーは事業の立て直しに本腰を入れてきた。まず、同社は構造改革を進めた。具体的にソニーは、パソコンなど消費者向けのエレクトロニクス事業の見直しを進めつつ、技術面での優位性がある分野に経営資源を再配分した。
このなかで、同社の収益を支えてきたのが、スマートフォン向けのCMOSイメージセンサー事業である。アップルのiPhoneのヒットやスマートフォンの高機能化により、世界中で高機能のCMOSイメージセンサーへの需要が高まった。17年、世界のCMOSイメージセンサー市場にてソニーは52%程度のシェアを手に入れた。
CMOSイメージセンサーは、スマートフォンメーカーに提供される高機能の部品だ。当たり前だが、CMOSイメージセンサーは最終消費者向けの製品ではない。そのため、ソニーが民生用エレクトロニクス市場でのヒットメーカーから、高機能の部品を提供する企業に転身したと感じる経済の専門家もいた。ソニーの経営者が自社の技術力の高さに注目し、CMOSイメージセンサーに経営資源を再配分して業績を立て直したことは、評価されるべきだ。
同時に、ソニーには、革新的な最終製品を生み出す企業というイメージも強い。ウォークマンのヒットは、人々の音楽の楽しみ方をがらりと変えてしまった。ソニーは人々をあっと驚かせる新しい製品を開発することで、新しい“生き方=文化”を人々に提案し、ヒットを実現して成長してきた。それに比べると、CMOSイメージセンサーで稼ぐソニーの姿には、何か物足りないような印象を持つ市場参加者もいる。
足許、ソニーはCMOSイメージセンサーで業績を立て直しつつ、新しいヒットも生み出しつつある。それが、ゲームだ。18年度、ソニーは2年連続で最高益を更新した。17年度の決算ではCMOSイメージセンサーとゲーム事業の営業利益が拮抗していた。18年度は、ゲームが営業利益の獲得に大きく貢献した。これは、ソニーの経営が大きく変わりつつあることを示唆している。
重要性高まるソフトウェア
ソニーのゲーム事業といえば、多くの人がゲーム機であるプレステことプレイステーションを思い浮かべるだろう。プレステはゲーム機=ハードウェアだ。18年度の業績を見ると、ゲーム事業におけるハードウェアは、売上高に対しても、営業利益に対しても、マイナス(減収)の要因だった。
ゲーム事業の成長に貢献したのがソフトウェアである。特に、ゲームのソフト(コンテンツ)の販売が増加基調だ。それに加え、ソフト販売全体に占めるダウンロード販売の比率が上昇している。18年度の第4四半期、プレイステーション4のダウンロード販売の割合は45%に達し、年度を通してみても37%だった。また、有料サービスであるプレイステーションプラスの加入者も順調に増加している。
これは重要な変化だ。ソニーは、ゲーム事業の成長を通して、新しいヒットの創造を目指している。ソニーはプレイステーション4に続く新型のゲーム機を開発している。新型機の開発というと、ハードウェアの開発というイメージが先行しやすい。
しかし、その考えは本質的ではない。ソニーの開発担当者のインタビュー記事などを基に考えると、新型のゲーム機は人々に従来にはなかったゲームへの“没入感”を与えることが目指されている。具体的に、処理能力の高いCPUなどの搭載により音響や画質の向上が目指されている。それに加えて、仮想現実(VR)のテクノロジーを拡充し、ゲームの世界にいるような体験をユーザーに提供することが目指されている。
言い換えれば、ソニーは最先端のIT技術、ネットワークテクノロジーと、自社のコンテンツを結合し、より繊細かつダイナミックなゲームの世界に人々が没頭できる空間を創造しようとしている。これは、人々に新しい価値観や生き方を提供するという考えの具現化だ。価値観そのものは、ハードウェアではない。
ソニーが目指す“ゲームカルチャー”の創出
ソニーは、人々に新しい生き方を提案し、そのヒットを目指している。ソニーがゲームを中心に、どのようなソフトウェア(コンテンツ、楽しみ方、満足感)を人々に提供していくかが、今後の注目ポイントである。
もともと、ソニーは新しい生き方=ソフトを生み出すことで成長を遂げてきた。ウォークマンは、好きな場所で好きな音楽を、より良い音質で聴くという価値観を生み出し、人々の心をつかんだ。ただ小型のカセットプレイヤーだったからウォークマンがヒットしたのではない。ソニーが理想とする音楽の楽しみ方を製品=ハードウェアに落とし込み、そのユーザーが従来にはなかった満足感を味わえたからこそ、ウォークマンがヒットした。人々に新しい生き方を提案し、提供するという考え方は、多くの企業の経営に無視できない影響を与える。
足許、ゲームの世界では秒進分歩の勢いで、新しいコトが増えている。「eスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)」の登場は、その代表だ。eスポーツでは、対戦型ゲームの腕前が競われる。すでに中国では政府がeスポーツ選手を専門職として認定するほど、存在感が高まっている。eスポーツは新しい生き方=文化の登場と考えるべきだ。
ソニーはプレイステーションの普及を通して、eスポーツの普及に貢献してきた。今後、ソニーには、コンテンツとデバイスの両面で、さらに高品質のゲームソフトを人々に提供し、新しい価値観(ゲームの楽しみ方)を生み出してほしい。
すでに、米国のグーグルやアマゾンも、クラウドゲーム事業などを通してゲーム市場のシェアを手に入れようとしている。重要なことは、各企業が提案する新しいゲームカルチャー(ゲームの楽しみ方、競い方、そこから得られる満足感)が、どれだけ多くのファンを獲得できるかだ。ソニーがどのようにして、従来にはないゲームカルチャーを創出し、それをヒットさせることができるか、今後の経営陣の意思決定が楽しみだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)