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古河電工「無酸素銅条」の画期的な新技術開発…世界の半導体市場に衝撃

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
古河電工のHPより
古河電工のHPより

 6月22日、古河電気工業(古河電工)は、パワー半導体などの基盤製造に使われる「無酸素銅条」の厚みをより均一にし、反りを従来の半分に抑える製造技術を確立したと発表した。それが、世界のパワー半導体メーカーなどの生産効率向上に与えるインパクトは大きい。ポイントは、古河電工が微細なモノづくりの力を磨き、半導体部材分野での競争力向上に取り組んでいることだ。

 今後、古河電工はより効率的なモノの生産を支える高付加価値の素材創出力に、さらなる磨きをかけようとするだろう。特に、半導体部材関連ビジネスの成長チャンスは増える。世界経済のデジタル化や脱炭素などを背景に、これまであまり半導体が使われてこなかった装置や製品により多くの半導体が搭載される。より安定した性質の素材を製造する技術は、半導体の歩留まり向上に欠かせない。世界的な資源価格の高騰が懸念される中で、限りある資源を活用して、より効率的な生産を行うために無酸素銅条などの高機能素材の需要は拡大するだろう。同社は、新しい素材の創出に集中して取り組み、より高い成長を目指すべき局面を迎えている。

古河電工の現在の事業状況

 古河電工の事業運営の根本は、銅を用いた電線などの製造にある。1884年に現在の古河機械金属(当時は古河鉱業)によって設立された本所溶銅所と、発明家の山田与七が設立した山田電線製造所が古河電工の起源だ。創業から3年後の1887年には、東京電燈が日本橋茅場町から送電事業を開始した。古河電工は電気の供給を円滑に行うための電線の製造能力を強化し、わが国の社会インフラの整備需要を取り込んで成長した。

 得られた資金が他の事業分野に再配分されて、ファイバーケーブルなど情報通信関連のインフラ事業、自動車用部品などの電装エレクトロニクス事業、回路用の銅箔などを生産する機能製品事業からなる現在の事業ポートフォリオが整備された。主な最終顧客の違いによってセグメントが区切られているが、いずれの事業にも祖業である銅電線の製造で培ったより良い素材製造技術という横串が通っている。銅の精錬純度を高めより効率的な電流の管理などを行う素材を生み出すことによって、同社は国内外のインフラ整備や自動車の性能向上、5Gなどの高速通信などの需要を取り込んだ。

 ただし、現在の業績は強弱混合というべき状況にある。基本的に、電線などの需要は世界経済全体のGDP成長率に連動する。特に、リーマンショック後に公共事業を積み増し銅需要が急増した中国経済の成長率低下は同社にとって深刻な問題だ。足許の中国経済は、ゼロコロナ政策の徹底によって減速が鮮明だ。習近平政権は失業者の増加を食い止めるために公共事業を実施し、景気を下支えしようと必死になっている。しかし、不動産市況の悪化によって地方政府の財政収入が減少したり、社債デフォルトの増加によって金融機関の融資態度が硬化したりしているために景気浮揚が難しい。それは古河電工のインフラ事業にマイナスだ。

 また、コロナ禍による供給制約の深刻化にウクライナ危機による資源価格の急騰が重なったことによって、世界の自動車生産が下ぶれている。その一方で、半導体の部材として用いられる超高純度の銅素材の需要は拡大している。

注目集まる超高純度の半導体部材製造技術

 その状況下、半導体部材として、より純度が高く厚みが均一な無酸素銅条の製造技術が確立されたことは大きい。それによって、古河電工の顧客企業であるパワー半導体メーカーは、歩留向上(製造時のロスの削減)を目指すことができる。

 無酸素銅条とは、酸素など不純物を取り除いた高純度の銅を丸めたものを指す。一般的に銅は伝導性が高いことで知られるが、わずかな不純物(例えば気泡)が混入するだけで伝導性が低下する。そのため、電線や半導体の回路などの性能が確実に発揮されるためには、銅の精錬純度を高めなければならない。古河電工によると一般的に純度99.96%の銅を無酸素銅と呼ぶ。それに対して同社は99.99%の無酸素銅を生産する力を持つ。さらに純度が極めて高い無酸素銅の製造技術の研究開発も進められている。超高純度の銅の製造技術を活用して、古河電工は需要が急拡大しているパワー半導体(送電や電圧のコントロールを行う半導体)向けの新しい部材として無酸素銅条を供給する。

 パワー半導体の基板は、セラミックスの両面に無酸素銅板を貼り付けることによって生産される。その際に課題となってきたのが基盤の反りだ。まず、基盤の裏と表に貼り付けられる銅の薄い板の厚みを均一にすることが難しい。次に、厚みの異なる極薄の銅板を基板に貼り付ける際に熱が発生し、反りが生じる。

 さらにパワー半導体の使用時にも熱が発生し、基盤が膨張、収縮することも反りを助長する。その結果、チップが割れたり絶縁部分が剥離したりする問題が起きる。言い換えれば、銅部材の厚み(製造の精度)と純度がチップの耐久性に大きく影響する。

 古河電工は反りの問題を解決するためにロジック半導体向けの部材製造で培った圧延技術を応用し、無酸素銅条の厚みのばらつきを従来の半分に抑えることに成功した。それによって基盤の反り軽減が期待される。その効果は大きい。半導体の歩留の向上をはじめ、製造時に排出される二酸化炭素の削減、チップの耐久性の向上、さらにはより薄い基盤の実現など、素材分野のイノベーションによってパワー半導体産業の成長は加速するだろう。

半導体部材分野で急拡大する成長のチャンス

 世界経済の環境変化は激化し先行きは楽観できないが、半導体部材分野で古河電工のビジネスチャンスは拡大する。世界全体でより多くの半導体が使われるようになる。自動車の電動化、家庭や生産現場などでのIoT関連機器の導入の増加、デジタル家電の普及、脱炭素を背景とする再生可能エネルギーの利用や送配電インフラの整備などの分野で、より多くのパワー、ロジック、メモリ半導体が必要とされるようになる。そうした展開を念頭に、国内のパワー半導体メーカーは、資源価格の高騰など先行きの不透明感が強い中にあっても生産能力の強化に取り組む企業が多い。同じく古河系の企業である富士電気がパワー半導体の事業運営体制の強化を急ぐのは代表的なケースだ。

 古河電工がそうした需要を確実に手に入れるためには、無酸素銅条製造技術の向上のように、より微細かつ高純度の素材の製造技術に磨きをかけることが欠かせない。光ファイバーや超電導技術など脱炭素や高速通信など成長期待が高まる分野でも、古河電工は世界的な競争力を発揮している。

 また、同社は顧客の製造工程で生じた銅スクラップなどをリサイクルして無酸素銅条を製造する技術も確立している。経営陣は、国内外のIT先端企業や半導体メーカーなどとの連携を強化し、さらには自社の脱炭素への取り組みを加速させることによって、高付加価値素材の製造技術に磨きをかけ、その実用化を加速させるべきだ。それは同社だけでなく、わが国パワー半導体産業の競争力向上にも無視できない影響を与えるだろう。

 世界的に資源価格が高騰して企業の事業運営コスト増加懸念が高まるなど、事業環境の厳しさは増している。口で言うほど容易なことではないが、先行きの不確定要素が高まる状況下であるからこそ、経営陣には最先端分野での研究開発体制を強化し、新しい素材の製造技術実現により集中してもらいたい。そうした事業運営の方針がより鮮明になることによって、同社の成長期待は一段と高まるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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