スマートフォンにタブレット、パソコン、スマートウォッチ。これらをアップル社の製品で揃えているという人は少なくないだろう。
iPhoneにiPad、MacBookにApple Watch。もちろん、さまざまな理由があってアップルの製品で統一したのだろうが、大まかにまとめてみると「アップルの製品への愛着」「他にアップルの製品を使っている人との連帯感」「アップルの製品を使っている自分に対する意識」といったところだろうか。
この選択は、私たちのアイデンティティに深く根差している。心理学者のジェイ・ヴァン・バヴェルとドミニク・J・パッカーは次のように指摘をする。
アップル社が世界有数の企業になったのは、技術に精通していたからというだけでなく、多くの消費者に自社製品への深い愛着をいだかせることに成功したからだ・・・アップルがつくり上げたアイデンティティも、最適な差異性、つまり、アップル製品を使う集団への帰属意識、他者より突出しているという感覚を味わえるという心理的ニーズを満たしていた。(『わたしたちは同調する』p.185-186より引用)
ビジネスとアイデンティティの親密な関係
アイデンティティの選択は、人間が行う最も経済的な意思決定であると経済学者のジョージ・アカロフとレイチェル・クラントンは述べている。
マーケターたちはこの心理を利用している。影響を与えたい人々との一体感を高め、組織や集団のアイデンティティを育むことに成功できれば、ターゲットはより深いつながりを感じることができ、企業にとっては収益の強化につながる。
アップルはまさにユーザーたちのアイデンティティを育み、世間を席巻している好例だ。アップルのファンであれば、すべてのアップルの製品にロゴマークである「かじられたリンゴ」の白いステッカーが付属していることを知っているはずだ。
これは一体何のために使うのか? それは自分がアップルユーザーであることを示すためだろう。
また、MacBookの上面に見られるロゴマークの向きは、閉じた状態だと所有者から見れば逆さまだが、画面を開くと、自分とは反対側にいる他者から見ると正しい向きになる。つまり、これは他者にアイデンティティを伝えるための装置として機能する。
バヴェルとパッカーはこう述べる。ある製品を買うことは、自分自身に、そして他人に、自分が思う人物像を示すことになる。それは使っているIT機器だけではない。自動車、服、食べ物。それらはいずれも他者に自分を知らせる信号として機能し、時には収入レベルなどといったステータスを示すこともあるのだ。
アイデンティティへの脅威と帰属意識
バヴェルとパッカーによって執筆された『私たちは同調する 「自分らしさ」と集団は、いかに影響し合うのか』(渡邊真里訳、すばる舎刊)は、「組織や集団のアイデンティティ」について解き明かしていく意欲的な一冊である。
本書のキーワードの一つが「帰属意識」である。
帰属意識とは端的に言えば「その集団の一員である」という意識のことだ。例えば、アップルの製品ではあればIT機器をアップルで統一したり、ロゴマークステッカーを貼って他者に示すことでアップル製品への帰属意識を表している。
本書では、この帰属意識を「人間の基本的欲求」であるとしている。つまり、他者と関わり、溶け込み、つながりたいという欲求を満たすものである。他者との有意義な社会的つながりがなければ、孤独感に苛まれ、心身の健康を損なう要因につながる。
ただ、帰属意識は簡単に満たすことができないことも多い。
例えば、マイノリティや周縁化された集団にとっては深刻な問題だ。その国の国民として何世代も暮らしてきたにも関わらず、アイデンティティが他国にあるかのように問われることが多い。
神経心理学者のマヤ・グエデルマンらは、そのように民族や文化的背景から「他者」として扱われる人々は、アメリカにおいて「アメリカ人」としてのアイデンティティを証明するには、より努力しければいけないと感じているのではないか、と予測。アイデンティティの脅威が食の選択に与える影響を調べる実験を行った。
実験の結果、実際にアイデンティティが疑われていると感じたアジア系アメリカ人は、好きな料理を注文できるとなったときに典型的なアメリカンフードを選びやすい傾向が出てきたという。つまり、食の選択によって国への帰属意識を強く感じた(あるいは周囲に示せた)のかもしれないのだ。
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バヴェルとパッカーは次のように述べる。
私たちを突き動かすのは「私たちは何者であるか」という集団に共有された感覚なのだ。(p.395より)
ビジネスだけではなく政治、カルト集団、リーダーシップなどさまざまなトピックが登場し、「集団」「組織」をアイデンティティという視点から分析する本書は、社会の中で生きる私たちに有意義な視座を与えてくれる。 私たちの言動・行動の原理について解き明かした好著である。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。