自動車保険の保険金水増し請求問題を起こした中古車販売大手ビッグモーターが外部資本の受け入れ、他社による支援を再建の軸に据え、その有力候補としてオリックスの名が取り沙汰されている。SNS上では「なぜプロ野球球団がビッグモーターを買うのか」といった声もみられるが、同社は数多くの企業再建の実績を持ち、M&Aや融資、リース、保険、不動産開発などを幅広く手掛ける大手ノンバンクとして金融業界では存在感を持つ。大手損害保険会社はビッグモーターに対し今後、過払い保険金の返還や損害賠償を求める意向を表明しており、被害を受けた顧客が集団訴訟を起こす可能性もある。今月には店舗周辺の街路樹を故意に枯れさせた問題で東京都が同社に約1600万円の原状回復の費用負担を命令し、他県にも同様の動きが広まるとみられており、今後発生する現金流出額は予測できない規模となる。そんな同社の救済に乗り出す企業は出るのか、そして、オリックスがスポンサーとして名乗りをあげる可能性はあるのか――。専門家の見解も交え検証したい。
「損保会社各社は過去のビッグモーターからの保険金請求に不正がないかを1件1件調査しており、その数は一社あたり数万件に上る。さらに、修理費用水増しによって保険契約者の等級が不当に下げられたケースを洗い出して等級の訂正を行ったり、契約者が払いすぎている保険料を遡って返金するなど、損保各社にのしかかる負担は膨大。そうしたことにかかるコストも、ビッグモーターに対して損害賠償請求するかもしれない」(保険業界関係者)
今回の問題をめぐって現在、大きく事態が動いているのが損害保険業界だ。金融庁は先月19日から損害保険ジャパンとビッグモーターに立ち入り検査を実施。金融庁は、昨年6月頃に損害保険会社各社がビッグモーターとの取引を停止するなかで取引を再開し保険契約シェアを拡大させた損保ジャパンが、昨年7月の金融庁に対する報告で隠蔽を行ったとみており、また昨年7月に大手損保3社での協議の際に、ビッグモーターによる顧客への修理費過大請求について損保ジャパンが『顧客への説明を行わない』旨を発言していたとも伝えられており(3日付け産経新聞記事より)、金融庁は厳しい処分を下すとみられている。
「損保ジャパンの白川儀一社長(当時)は昨年5~7月、社内からの報告によって、ビッグモーターが組織的に保険金の不正請求を行っていること、さらには同社から提出された報告書に虚偽内容があることを把握した。にもかかわらず同社との関係維持を最優先して入庫紹介の再開を決定した。このことだけでも重大な問題だが、加えて損保ジャパンは昨年7月の金融庁への報告でこれらの事実をすべて隠し、そのことが金融庁の逆鱗に触れている。基本的に金融庁は事前でも問題が生じた後でも、金融機関から相談があればきちんと対応策を含めて一緒になって検討してくれる。その金融庁がもっとも嫌うのが情報の隠蔽だ。その点でも損保ジャパンは完全にアウトだが、特に大手金融機関は経営危機になれば公的資金を注入される可能性がある存在であり、その金融機関が顧客に損を与えてまで自社の利益を優先するというのは、あってはならないことで、損保ジャパンは今回ダブルでやらかした。一定期間の事業停止は避けられないとみられている」(全国紙記者)
大手損保会社4社は現在、計20万件超を調査対象として過去のビッグモーターからの保険金請求を調査しており、9月末時点で約1万7000件に不正の疑いがあるとされる。同時点の調査件数は5万3000件であり、約3割で不正が行われた可能性があることになり、今後調査が進めば不正件数は増加する(9月30日付朝日新聞記事より)。一方、ビッグモーター独自の調査による不正件数は1275件(調査対象は昨年11月以降)で、全保険金申請の約15%となっており、損保会社側の調査による不正事案の割合との間には2倍の開きがある。
オリックスによる再建の可能性
そのビッグモーターの経営は苦しい。9月5日付「NHK NEWS WEB」記事によれば、8月の中古車の販売台数は例年と比べて7割以上の減少、車の買い取り台数は5割以上の減少。8月には銀行団から借入金90億円の借り換えに応じない旨を伝えられており、資金繰りのため中古車販売店「ガリバー」の運営会社IDOMの株式の一部を売却。コスト圧縮のため本社所在地も六本木ヒルズ森タワーから東京都多摩市貝取の多摩店に移転した。
「厳しいノルマやパワハラがあってもビッグモーターで働いていた社員のモチベーションは、月平均100万円ともいわれる高額な報酬だった。単独で再建するにせよ他社から支援を受けるにせよ、重要な経営リソースである社員を引き留めておく必要があり、そのために同社は8月以降の半年間について、営業成績に関係なく4~6月の歩合給と同等の金額を支払うという措置を取っている。売上が急減するなか、その人件費もばかにならない」(中古車業界関係者)
ビッグモーターは現在、他社による支援を軸に再建を模索しているが、前述のとおり今後の損害賠償負担リスクも高まるなか、支援に名乗りを上げる企業は出てくるのだろうか。数多くの企業再建を手掛けてきた企業再生コンサルタントで株式会社リヴァイタライゼーション代表の中沢光昭氏はいう。
「中古車という、ほとんどのユーザーが中身が見えない・理解できない商材を扱っている事業において、土台としての『ユーザーからの信用』がなくなってしまった以上は、自力再建は厳しいでしょう。オリックスに限らず、再建に名乗りを上げるスポンサーはたくさんいるはずです。見えているものも見えないものも、これから起こりうるリスクはすべて引き受けずに、店舗・人材・在庫などの運営に必要なものだけを事業譲渡として譲り受ければいいからです。信用力があるスポンサーであれば、ユーザーからの信用回復のほか、保険取引なども再開されるので、事業は再建できるのではないかと思います。
しかし、事業譲渡の対価の妥当性についてモメて検討が進められないケースが想定されます。ただ、それは意思決定の関係者に銀行などいろいろなプレーヤーがいる場合です。今の現預金と銀行借入の金額がわかりませんが、『銀行団に90億円の借り換え要請』『昨年夏は毎月40億円前後あった経常利益が今年は10億円を切った』といった情報が正しい場合には、前よりは目先のお金を稼ぐ力は落ちたとしても、過去に稼いだ現預金が潤沢にありそうですし、依然として融資を返済できる余力がありそうです。返済してしまえば、意思決定は完全に経営陣と株主だけでできるようになるので早いでしょう。しかし損害を取り返そうとする保険会社や顧客などから『待った』をかけられるようになると、また別の展開になるのかもしれません。また、育て上げたビッグモーターを自分たちの手から完全または一部でも離れることを創業者親子が認めるかという論点もあります。いずれにせよ、事業譲渡の手続きを進められるかどうかがキーでしょう」
ではオリックスがビッグモーターの支援に乗り出す可能性はあるのか。また、仮にオリックスが支援に乗り出した場合、再建に成功する可能性はあるのか。
「オリックスの信用力は申し分ないでしょうから、最大のポイントとなる信用補完の問題はクリアできます。オリックスはリース事業のほか自動車関連事業、不動産関連事業、ホテルや水族館まで運営している、事業展開がとても幅広いグループです。ビッグモーターの特徴として、(やっていた内容は別としても)現場の力をフルに発揮させる組織力以外に注目できる点としては、全国各地の目立つ立地に大きな店を構えていることが挙げられます。その店舗ネットワークをいまゼロから作ったら、どれほどの時間がかかるのかわかりません。仮に事業譲渡後に不採算店舗が見つかったり悪化した店舗が出たとしても、その拠点の商圏の状況を踏まえてグループ内の他の事業に関連した何かに業態転換するなど、やりようはあるので、積極的に取得に向かっている可能性は高いと推測します」(同)
<ビッグモーターの悪質行為>
ビッグモーターの不正行為は顧客にもおよんでいた。消費者庁は5日、2022年度に同社に関する相談が約1500件も寄せられていたと発表したが、同社が提供する撥水加工「ダイヤモンドコーティング」をめぐり、営業担当者がコーティングを望んでいない顧客に対し車の販売は困難だと伝え、顧客から約7万円のコーティング料金を取って販売したものの、コーティングを施さないまま納車した事例もあったという(1日付「FNNプライムオンライン」記事より)。また、トヨタ「クラウン」の最上級クラス「RS Advance」の購入を希望し購入契約の締結と頭金の支払いも済んだ顧客に対し、営業担当者が5段階下のクラスの車を納車しようとしていたこともあったという(5日付「FNNプライムオンライン」記事より)。
同社社員のよる悪質な行為は枚挙に暇がない。車の購入者が代金の約100万円を現金で支払おうとしたところ、店舗の営業担当者から総支払額は変わらないので1年だけローンを組むよう説得され、結果的に120万円を支払う羽目になったり、新品タイヤなど30万円相当のオプションを無償で付けるのでローンを組むよう言われた客が、約束を反故にされオプション分を有償で契約させられたケースも(8月11日付「AUTOCAR JAPAN」記事より)。ビッグモーターに売却した車について冠水した過去はないにもかかわらず、冠水した跡があるとして突然700万円の賠償請求訴訟を起こされたり、店舗で売却のキャンセルを告げると店長から罵声を浴びせられるようなケースもあったという(8月11日付「弁護士ドットコムニュース」記事より)。このほかにも、中古車の一括査定サイトでは、登録した顧客のメールアドレスや電話番号などを入手し、その顧客になりすまして勝手に登録を解除する一方で顧客に接触し、他の中古車買取業者との価格競争を回避する「他社切り」という行為まで横行していたという(8月9日付「FNN」記事より)。
(文=Business Journal編集部、協力=中沢光昭/リヴァイタライゼーション代表)