11月23日、岐阜県可児市は、「無印良品」を運営する良品計画と提携した公共図書館「カニミライブ図書館」をショッピングセンター「ヨシヅヤ可児店(PATIO)」内に開館させた。3300平米ある「無印良品ヨシヅヤ可児」の店舗内に、市立図書館の分館として設置。面積は660平米。良品計画の設計によるオシャレな空間に、約2万冊の蔵書を配架。図書館の標準ではない独自分類を導入し、これまで図書館にはあまり縁がなかった層を取り込むことで、行政だけでは実現できなかった新感覚の図書館ができるという。オープン初日には大々的にイベントも開催された。そんな「無印図書館」設置のプロセスについて筆者は4カ月前から取材を続けてきたが、可児市の市民軽視の姿勢が浮き彫りになった。
筆者が可児市に開示請求して出てきた良品計画から市に提出された提案書は、以下のとおり24枚がほぼ全面黒塗り。新図書館について、市民への説明会はおろか、市民の意見を聞くパブリックコメントすら募集せず。複数事業者の提案内容や価格を競わせるコンペもなしで、予算総額2億8000万円にも上る事業について随意契約で締結された。公共図書館を運営した実績がない良品計画を、なぜ可児市は採用したのか。その決定プロセスを追う。
パブリックコメント募集も実施されず
可児市に良品計画から図書館設置に関する提案があったのは1月6日のこと。11月オープン予定の「無印良品ヨシヅヤ可児」店舗内にコミュニティスペースを設けて本を配架して交流事業を実施するという提案だった。可児市が地域の社会課題解決のために民間企業からの提案を受け付ける「公民連携ワンストップ窓口」を設置したのが1月4日のこと。その2日後に良品計画から提案を受けた。提案から土日祝日を挟んだ4日後の1月10日には、可児市の市長部局と良品計画の担当者が初会合を開催し、この場で「図書館機能を持たせたコミュニティスペース」の設置が議題にのぼった。
この後、両者間で詳細について協議が進み、事務レベルで市が同社の提案に同意したのがゴールデンウィーク中の5月3日。11月の無印良品のオープンに間に合わせるためには、遅くとも6月の議会で正式決定される必要があり、逆算するとゴールデンウィーク明けには市役所内で意思決定がなされる必要があった。5月10日に開催された市の事業提案審査会で良品計画による提案内容の審査を行ったところ高得点となり、6月の議会に良品計画と提携した図書館事業の予算案が提出されることになった。ちなみに、審査会の審査委員は全員が市の幹部職員で、外部の有識者および市民代表はゼロだった。また、点数と委員の講評部分は、すべて黒塗りだった。議会では、執行部の提案に対し異論が噴出したため、無印良品店舗内に設置する新図書館を条例で位置づけることや、事業の財源を明確にすることなどの付帯決議をつけて、なんとか可決された。この間、市民の意見を聞くパブリックコメントの募集や市民への説明会は一度も行われていない。
カニミライブ図書館の運営スキームの特徴として、まず挙げられるのは、良品計画は店舗の一部を有償で可児市に提供するという点だ。可児市は毎月の賃料(30万円)をビルのオーナーではなく、良品計画に支払う。つまり良品計画が又貸しするかたちで、その賃貸期間は15年という長期におよぶ。市担当者は、良品計画から店舗の一部を借りる方式のほうが賃料が安く済むと議会には説明しているようだが、15年もの長期賃貸契約の途中で無印良品の店舗が撤退するリスクはないのか。可児市は明快な説明をしていない。
次に、可児市は同社に運営委託はせず、民間企業のノウハウの提供を受ける連携協定であるという点だ。良品計画は店舗内の市立図書館の運営には直接タッチしない。運営するのは、あくまで可児市の職員(会計年度任用と派遣社員)だ。良品計画が担当するのは、館内の空間デザインと2万冊の書籍の選書、独自分類の導入、配架。だが、前述のとおり同社には図書館を運営した実績がない。2015年から一部店舗で書籍販売コーナー「MUJI BOOKS」を設けているが、書店経営の実績もない。ちなみに選書と独自分類を担当するのは、同社が提携している外部の専門家であり、その専門家はかつて東京・代官山や六本木の蔦屋書店で本のディスプレイを担当していたカルチュアコンビニエンスクラブ(CCC)の元社員だという。可児市の図書館関係者によれば、この外部のキュレーターが手掛けた大阪市の「こども本の森 中之島」の実績が高く評価されたというが、高い位置も含めて壁面いっぱい本を置く同館は「すてきな空間」と絶賛される一方、「見栄えいいいけど、子どももたちはどうやって本を取るのか」「本は借りれず、ただ見るだけ」などと批判も浴びた。
15年の長期賃貸契約
では、可児市は良品計画が持つどのようなノウハウにひかれたのか。そこで筆者が可児市に事業決定までのプロセスがわかる資料を開示請求して出てきたのが、前出の良品計画が可児市に提出した提案書である。この提案を審査会で検討した幹部職員の評価表もすべて黒塗りだった。これでは、どのような評価を受けて良品計画の提案が採用されたのかがわからない。
ある市議会関係者は、この間の経緯を次のように振り返る。
「何もないところに突如出てきた話なんです。要するに、市が公民連携で何か事業をやりたいと思っていたところに、今までいろんなところで公民連携を手掛けてきた良品計画さんが出てきた。だが同社は図書館を手掛けるのは初めてです。可児市でやれたらやりたいですという話に、市長が乗っかったんだと思います。老朽化した図書館の本館をどうするかという本筋の話は、最初から出てきませんでした。市民から図書館が欲しいという要望が出ていたのならわかりますが、そうではない。なんでこんな話が出てきたのか、という感じです。それでも『悪いものではない』ということで賛成した人が多かったように思います。本来なら『今後、図書館をどうするか』という検討をしっかりやったうえで、補正予算ではなく本予算にあげるべき事案だったと思います」
別の市議会関係者もいう。
「市長が早急に承認してほしいということで議会に提案してきたので、十分な説明もなく、即決を求めてきました。あまりにも急だったので説明が執行部のほうからありましたが、詳しいことは何も聞いても、これから決めることだとして、押し切られてしまいました。可児市の都合よりも、事業者の都合が優先されたのでは。近隣の無印良品店舗を視察してみましたところ、MUJI BOOKSという書籍の販売コーナーがありましたが、売上はあまり期待できない様子でした。不良在庫といったら言い方が失礼だけど、ただ本を飾りにして、客の目を引くたためのディスプレイの一部になっている印象です。可児市では、この部分に図書館を誘致して、行政に肩代わりさせようとしたのではないでしょうか」
生活雑貨や家具、食品などの商品を開発から手掛けて、シンプルで品質の良い商品を販売することで知られている無印良品。現在、国内約500店舗の1割にあたる54店舗に「MUJI BOOKS」というセレクト型の書籍販売コーナーを設置していると同社は発表している。良品計画としては、売り場に来店者の目を引く少し変わった本を並べることで集客をはかる目的があるとみられているが、この集客装置の部分を自治体運営の図書館に肩代わりさせれば自社の負担は軽減される。
新図書館の施設の整備費用はすべて自治体持ちで総額1億7600万円。
「図書館に使用される棚などは、無印良品さんの空間デザイン部が設計した専用の什器を使うというのが条件でしたので、高コストになります。その金額が妥当なのかというと、クエスチョンマークがつきます。行政はビジネスの素人なので民間事業者のいいなりになりがち。その条件もおかしいのではと感じました」(同)
新図書館の2年目以降のランニングコストは年間5000万円近くかかる。
「最大の問題は、本館を含めた図書館全体の運営をどうするのかという議論をすっ飛ばしていることです。本館は老朽化して狭く、駐車場も少ないので利用しづらいのが現状。本館を閉めて何年か後にどこか広いところに本館をつくる間、間借りのような感じで分館がヨシヅヤさんに入るならいいですが、 本館の問題は何も解決されないまま。現在すでに2つある分館を、もうひとつ増やしてどうするのか。新図書館の利用者は多いと行政サイドは予想していますが、1~2年目は物珍しさで来館者が多いかもしれないですが、その後は減る一方でしょう。にもかかわらず、良品計画さんの希望で15年の賃貸契約です。この点は議会でも疑問が出ていました」(同)
可児市「委託契約は締結しておりません」
なぜ、このような新図書館の設置が簡単に議会で承認されたのか。別の自治体関係者は、市教育委員会の力が弱いことをあげる。
「もともと図書館は教育委員会が管轄する施設で、教育委員会の承認がなければ、市長が好き勝手にすることはできません。教育委員会では、市民の知る権利や生涯学習を支援するという観点で検討されますので、商業施設内にあったほうが便利だからという理由だけで分館の設置はなされません。教育委員会が本来の役割を果たしていれば、一企業の提案がこんなに簡単に通ることはなかったでしょう」
可児市は12年度から図書館の管轄を市長部局に移管していた。つまり、教育委員会の承認なしに市長権限だけで、新しい図書館を設置するような重要案件も議会にはかれるのだ。「にぎわい創出」と称して図書館や博物館、美術館を地域振興や観光の目玉にするために、これらの管轄を教育委員会から市長部局に移管をする自治体が多いが、可児市はその流れを10年以上前から先取りしていた。
庁内の審査会で正式決定した前日の5月9日、市の担当者は教育委員会管轄の図書館協議会に無印店舗内の新分館設置について意見を聞いているが、以下のとおり開催時間はわずか30分。
「20時まで営業していると仕事帰りに立ち寄りやすく利便性が向上する」「若い人が買い物のついでに立ち寄れる」など好意的な意見がいくつか出たが、良品計画が担当する選書や独自分類、配架についての意見は出なかった。9人の委員の顔触れをみると、主に学校関係者とPTA関係者で構成されており、図書館の専門家は1名のみ。それも学校司書会代表のため、公共図書館の専門家は1人も入っていない。
1月6日に良品計画から提案があった時点で、市長と良品計画の間で話がついていた可能性も考えられるが、そのようなことが法的に許されるのだろうか。総務省によれば、地方公共団体が競争の方法によらないで任意の特定の者を選定して、その者と契約を締結する随意契約は、地方自治法施行行令(第167条の2)によって、予定価格が少額だったり、緊急の必要により競争入札に付することができない場合など、特別な事情がある場合のみ可能とされている。しかし、今回の新図書館の事業は少額ではなく、緊急性は乏しい。
可児市の市長部局に随意契約が可能とした法的根拠を問い合わせたところ、以下の回答が返ってきた。
「本市は、市から良品計画様に業務を発注する『委託契約』は締結しておりません。良品計画様が実施する図書館整備事業に対して、市が『整備費負担金』を支払うことになっています」
委託契約だと法に抵触する恐れがあるため、あえて「整備費負担金」方式にしたのではないかとも考えられる。確かに運営部分に関して良品計画に委託せずに市の直営とするのであれば、地方自治法施行行令(第167条の2)上はセーフとなる。
可児市が委託契約にしなかった理由は、市の条例で予定価格1億5000万円以上の工事又は製造の請負については議会の承認が必要と定められているからではないか(可児市議会に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例)。6月の議会では、提出された補正予算で総額2億8000万円の分館設置にかかる初年度の費用は承認されたが、委託契約の場合、契約内容についても、それとは別に議会承認が必要になってくる。そうすると、無印良品の11月のオープンに間に合わないため、整備費負担金方式にしたのではないか。
この点についても、可児市の担当部署に問い合わせてみたところ、以下のような回答だった。
「本件は委託契約ではありませんので、補正予算案の議決をもって議会からの承認を得てお ります」
だが、可児市は空間設計など新図書館の整備をまるごと良品計画に依頼しているため、単なる整備だけとはいえない。実質的には委託契約ではないかと指摘される可能性がある。CCCが受託しているツタヤ図書館の最近の事例では、可児市と同様の開業準備にかかわる業務については委託契約が締結されている。可児市は、もし住民訴訟を起こされれば違法と認定される可能性も考えられる危ない橋を渡っているように思えて仕方ない。
今回の契約では、運営は市が担い、良品生活が行うのは空間デザインや選書に限られるため、委託契約ではない「整備費負担金方式」とされているが、上記の見積書をみると、開業準備業務の委託契約に等しいと指摘されかねない内容になっている
TSUTAYAの前例
民間企業が運営に関与した図書館といえば、2013年4月にTSUTAYAを運営するCCCが指定管理者となった武雄市図書館・歴史資料館が有名だ。いわゆるツタヤ図書館である。このときの武雄市は、それまで図書館運営の経験・実績がなかったCCCに「独自ノウハウがある」として、公募も入札もせずに随意契約することで、これまでにない新しい図書館ができたと胸を張っていた。ところが、新装開館から2年後、CCCが選書した本のなかに埼玉県のラーメンマップやウインドウズ98の入門書など、極端に市場価格の低い古本が大量に含まれていたことが発覚して大騒ぎになった。批判が殺到したため、CCCは当時の増田宗昭社長名で謝罪文を出す事態に追い込まれ、この件は、のちに予算流用疑惑として住民訴訟にまで発展する。その直後の15年10月にツタヤ図書館として新装開館した海老名市の中央図書館では、「僕ら、武雄市のときはど素人でした」と当時CCCの図書館カンパニー長だった高橋聡氏が記者発表で告白し物議を醸した。
海老名市では、CCCが導入した独自分類では本を探しにくいとされ混乱が起き、共同事業体のTRC図書館流通センターから批判された。『カラマーゾフの兄弟』や『出エジプト記』が「旅行」ジャンルに分類されていることなども取り上げられ、郷土資料廃棄やTカードの個人情報問題など数多くの問題が生じた。現在、CCCが運営する図書館は全国に7館あるが、そのすべてにおいて事業者選定のプロセスが問題視されており、筆者の取材によれば、いずれの自治体も市長の独断によって誘致された事業だった。可児市の新図書館もツタヤ図書館と同じ途を歩んでいくことになるのだろうか。
良品計画は20年8月期に最終損益169億円を計上するほどコロナ禍の打撃を受けたのを契機に、翌年9月、ファーストリテイリング取締役だった堂前宣夫氏を社長に迎え入れ、収益構造を大きく改善するための改革を着々と実行しつつある。その施策のひとつが自治体との連携による、まちづくり事業とみられるが、無印良品によって公共図書館が商業施設のなかで賑わいの象徴になるのだろうか。
テナント誘致に苦しむ商業ビルにとって、自治体が公費で入居してくれる図書館はありがたい存在になる。だが、商業施設内にオシャレな図書館ができて喜ぶ市民も多いだろうが、民間企業が一ビジネスとして介入することで図書館本来の機能が蔑ろにされて、地域の教育や文化を育む土壌が失われていく懸念もある。
武雄市にツタヤ図書館をつくった樋渡啓祐前市長が退任後にCCC関連子会社の社長に就任して批判を浴びたが、可児市の冨田成輝市長の退任後の動向も市民は厳しく監視していくべきだろう。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)