日本産のアニメーションといえば、平均的なクオリティが高く、国内外でも絶賛されている世界に誇るカルチャーだ。そんなアニメ制作現場の悲惨な現状を綴った以下のコメントがX(旧Twitter)上にポストされ(すでに削除済)、一部で話題を呼んでいる。
<ここ二年ほど大炎上してる現場のヘルプに名前を伏せて何回か入ってるけど、進行、演出、監督、アニメーター全員が素人で編成されててこれでなぜアニメが作れると思った?というレベルの現場が出てきている。誰もフローチャート書ける人が居ない。人手が足りてないのではなくそもそもプロが居ない現場>
「アニメ産業レポート2022」によれば、2021年のアニメ産業は2兆7422億円の巨大市場となっており、10年前の11年から+105%の成長を遂げているという。また近年ではメガヒット作もたびたび生まれている。20年に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は404.3億円(1月31日現在、興行通信社調べ、以下同)の興行収入を記録。22年に公開され、興行収入203.3億円を突破した劇場版『ONE PIECE FILM RED』のヒットも記憶に新しいところだろう。
そんなアニメ制作の現場が、実はとんでもない状況になっているというのだ。かねてから、アニメ業界では人手不足が続いており、特に作画を担当するアニメーターの確保が制作において最大の課題とされていた。しかしこのXの投稿が本当ならば、現状はそれ以上に深刻で、業界は人手の数も足りていなければ、人材の質も担保できていない、という二重苦に苛まれているということになる。
いったいアニメ業界に何が起こっているのか。そこで今回、23年にアニメ業界にある諸課題を解決するべく立ち上げられた「一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟」(NAFCA)に話を聞く。
ちなみに用語の説明をしておくと、「進行」(制作進行)とはアニメ制作のスケジュールを管理する担当、「演出」とは絵コンテの作成や各セクションへの指示出し、「監督」とは作品の全体を指揮する担当、「アニメーター」とはアニメーションの制作工程における作画の担当を指す。それぞれのポジションで作業を分担することによりアニメ制作は進む。
人手不足が深刻化…制作現場の構造問題
「現在のアニメ制作現場では、大手か中小零細の制作会社かにかかわらず、ほぼすべての制作現場で経験の少ないスタッフが投入されています。アニメーターはもちろんのこと、作画工程を管理する作画監督というポジションでさえもです。作画監督は、一昔前なら絵が特段上手いアニメーターに任せるのが一般的でしたが、現在では新人同然のアニメーターが担わざるを得ないケースもあります。
そして監督や演出などの指示を出すポジションも、キャリアを順当に積めていない制作進行などが担当することも珍しくはありませんし、進行自体もアニメ制作のノウハウがない新人が担当することもザラです。クオリティに直結するはずのアニメーターも制作会社が素人同然のスタッフをSNSなどから集め、現場に丸投げという状態が続いています」(NAFCA、以下同)
驚くべきことだが、本当にXの投稿で指摘されていた通りの状況が現実に起こっているようだ。ではなぜ素人同然のスタッフが現場で多くを占めるようになってしまったのだろうか。NAFCAは、前提としてアニメ制作の構造について触れつつ、次のように語る。
「一般的には製作委員会方式により、制作会社が選定され、制作会社と委員会が監督などメインスタッフを選出。監督(コンテ演出)によって映像の流れを示す絵コンテが作られます。出来上がった絵コンテをもとに各話演出の指示を受けてアニメーターが作画を分業し、制作が進む。なおアニメ業界の特徴として、アニメーターのほとんどが外注のフリーランスです。
以前の制作現場でもクオリティの低い成果物はありましたが、ベテランの層も厚く、修正を重ねて、ギリギリのところで踏みとどまってきました。少なくとも、簡単に原画マン(原画カットを制作する役割)になることは難しく、さらに作画監督になるというのはアニメーターとって一種の花形になるぐらい難易度が高かった。つまり、プロとしてレベルによる役職分けができていたんです。
けれど近年は、ニーズが高まり毎クール制作される作品数が一昔前と比べて格段に増えており、需給バランスが崩壊してしまっています。結果、素人同然のスタッフを無理にでもチーフとして使わないと、人手が足りなくなってしまったのです」(同)
制作本数が激増し育成が十分にできない
前出のレポートによれば、21年に放送されたアニメタイトル数は310本であり、20年前の01年の167本から2倍近くに増加していることがわかる。最盛期だった16年の361本に比べると本数はやや落ち着いてきているようだが、依然として混乱している現場が多いという。
しかし、混乱しているとはいえ、アニメ業界全体で作品数が激増しているのであれば、新人時代から多くの現場に携わることができ、どんどん経験を積む土壌ができていそうなものだが。
「アニメーターとして素質のある新人でも、ノウハウや知識を積んで現場を回せるようになるためには、最低でも3~4年は必要です。元々、新人育成をフリーランスアニメーターに任せきりだった制作会社も多く、新人を育てるノウハウの薄い制作会社も多いのが課題でしょう。
加えて、かつてはフリーランスアニメーターたちの間での育成がほとんど。新人アニメーターが演出や作画監督に原画を提出し、フィードバックを受けるという、通信教育のような育成システムが機能していました。戻された原画に貼られたメモを自分の机に貼り、各々が勉強してきたんです。しかし10年ほど前から制作本数の増加のためスケジュールが確保できず、分業化によりそのシステムが機能しなくなり始めました。
一人前のプロといえるレベルのアニメーターになるためには、まず動画・原画をこなすことで経験や実績を積むのが王道のルートでしたが、現在は新人時代に十分な指導を受けられず、しっかりとしたノウハウや知識が身につかないままのアニメーターが多いのです。ところが、業界では毎クール作られる作品数が増加しているため、その本数をこなすための監督や演出の人員数が必要不可欠。そういった背景があるためノウハウや知識は不十分にもかかわらず、ある程度業界経験があるというだけのアニメーターや制作にまで、監督や演出、作画監督など重要な役職の要請が来てしまうわけです。こうした悪循環の結果が今の状況であり、アニメーターも監督も演出も素人同然という制作体制が出来上がってしまいます」(同)
なお進行は、制作サイドとして採用された人の最初の仕事であることが多いそうだ。本来ならば、会社や先輩から色々教えてもらうべき内容だが、その教育がままならないのが現状なのだという。
いつの間にか中国の制作会社が急成長
国内のアニメ制作現場について「すでに崩壊している」と語るNAFCA。国内の現状は悲惨さを極めているというが、対して存在感を増しているのが海外のアニメ制作会社だ。冒頭のXのポストでも、「今は下手すると(下手しなくても)中国とかのグロス会社の方が元請けよりもまともに回せるレベルになってる」という指摘がされていた。中国のアニメ業界の成長は著しく、日本国内最高峰の作品に匹敵するクオリティの作品を出すこともしばしばだという。
「海外のスタジオもピンキリではあるものの、本当に技術力のあるスタジオは日本のクオリティの高いスタジオと大差ないレベルにまで到達しています。加えて、海外のアニメーターは、アニメにかける情熱が日本のアニメーターよりも数段上という印象があります。NAFCAでは、アニメーター向けにアニメーションの基礎知識、技術をまとめた『アニメータースキル検定』を今年から実施予定ですが、問い合わせは海外の方々のほうが多いほどです。
アニメーターの新人育成の入り口であった動画というセクションを長年海外に外注し続けた結果、国内での育成は空洞化し、他国でアニメ制作のノウハウが培われ、その国独自のアニメ産業が発展する土壌が出来上がっています。今の日本のアニメ業界は、海外の熱量とマンパワーに押され、かつての勢いを失いつつあるのです」(同)
最後にNAFCAは、国内のアニメ業界の問題点についてこう指摘する。
「かつてのアニメ業界は、契約書なしに同業者内で原画を発注・受注し合うという村社会的な暗黙のルールで動いてきました。それでも昔は、お互いが顔見知りのような狭い業界で、制作本数が多くなかったこともあり業界は回っていましたが、今のように業界全体で制作本数が増え、SNSで素性もわからないような人に発注することが増えてくると、守秘義務契約書すらもないのは時代遅れもはなはだしいです。先日もとある制作会社がSNSで中学生に原画を発注したと大騒ぎになっていましたが、常識を疑います。
今後のアニメ制作会社は、コンプライアンスを遵守した上で、50、60代のアニメーターや演出のベテランをうまく活用して育成に本腰をいれないと、受注した作品を作り上げることすらできなくなっていくでしょう」(同)
日本は世界的に見てもアニメ業界のトップランナーだったが、そう遠くない将来、その地位が揺らいでしまうのかもしれない。