ビジネスジャーナル > 企業ニュース > 日立造船、遺族に「事故で労災」要請
NEW

日立造船・過労自殺、遺族に「事故で労災」要請…防犯カメラ映像を提出せず

文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表
日立造船・過労自殺、遺族に「事故で労災」要請…防犯カメラ映像を提出せずの画像1
日立造船の公式サイトより

 日立造船の男性社員、上田優貴さんが2021年に長期出張中のタイで死亡した件で、大阪南労働基準監督署は今月4日、過労自殺による労災だと認定した。遺族によれば、上田さんはタイで他の従業員たちがいるところで上司から毎日のように叱責され、亡くなる前の1カ月間の残業は149時間に上っていたというが、日立造船が昨年設けた第三者委員会は「自殺か事故死か認定できない」と判断していた。上田さんの母親と代理人弁護士に、一連の同社の対応について話を聞いた。

 1908年(明治41年)に日本初のタンカーを建造するなど日本を代表する造船メーカーだった日立造船だが、造船不況や韓国勢の台頭などにより国際競争力が低下したことを受けて、2002年に造船事業を切り離し。日本鋼管(現JFEホールディングス)と共同で新会社・ユニバーサル造船(現ジャパン マリンユナイテッド)を設立し、そこに造船事業を譲渡。現在は造船事業を手掛けておらず、世界受注シェア1位を誇る「ごみ焼却発電施設」など環境・機械・インフラ事業をメインにグローバルで事業を展開している。

 社名に「日立」と入っているものの日立製作所との資本関係はなく、日立グループではない(1936年<昭和11年>に日立製作所が全株式を取得したが、戦後に日立グループから離脱)。現在では「日立」とも「造船」とも関係がないため、今年10月に社名を「カナデビア」に変更することが発表されている。

 全国各地に事業所・工場を持ち、アメリカ、アラブ首長国連邦やインド、中国など海外にも12拠点を展開。年間売上高は4927億円、営業利益は201億円(2023年3月期決算)、従業員数約1万1000名(連結ベース)に上るグローバル大企業である。

経験のない業務も担当

 その日立造船に上田さんは18年4月に入社し、21年1月からタイのごみ焼却発電プラント建設のプロジェクトのために長期出張。主に電気設備業務を担当していたが、同年3月からは経験のないプラントの運転業務も担当し、同年4月に高さ約30メートルのプラント建屋から転落して死亡。死亡前の1カ月間の残業は149時間に上っていた。未経験の業務を担当したこともあり、他の従業員がいるところで上司から頻繁に叱責されていたという。また、上田さんはタイ語が話せず、現場には英語を話せる人が少なかったため意思疎通に苦労していた様子だったという。

 日立造船は遺族の要望を受けて昨年、死亡原因調査のための第三者委員会を設置し、「不慣れな業務で疲労が蓄積し、上司から注意や指導を受けて心理的な負担が積み重なっていた」とする報告書をまとめたが、「自殺か事故死か認定できない」と結論づけた。一方、遺族は労働基準監督署に労災を申請し、今月、労基署は上田さんは過労自殺であったとして労災認定した。

「転落したというかたちで労災で処理したい」

 上田さんの母親、直美さんの代理人を務める、いわき総合法律事務所の岩城穣弁護士はいう。

「初めての長期海外出張で負荷がかかり、言葉も通じないなか、会社側は上田さんの労働環境に細心の注意を払うべきでしたが、あらゆる面で行き当たりばったりの対応になっていたという印象です。会社側は当初、月の残業時間は80時間ほどだと主張していましたが、ホテルの自室に帰ってからの業務時間や移動時間などを含めると140時間を超えており、労働時間の管理がきちんとなされていませんでした。長時間労働に加えて連日にわたる上司からの厳しい叱責や、頼りにしていた別の上司の帰国により相談できる相手がいないことなどが加わり、上田さんは最悪の環境に置かれていました」

 上田さんが亡くなった後の会社側の対応にも不信感を抱く点があったという。

「防犯カメラの映像には上田さんがプラント建屋の柵を乗り越える様子が映っていましたが、会社の担当者は上田さんのお母さまのところへ説明に来た際に『会社としては転落したというかたちで労災で処理したい』と告げました。お母さまとしては息子の死因を事実とは異なるものにされるということは到底認められません。

 また、お母さまは当初から第三者委員会を立ち上げてしっかりと経緯を調査してほしいと会社側にお願いしていましたが、会社側は『検討中』『人選中』などと言って1年半以上も放置していました。昨年5月になってようやく第三者委を立ち上げたものの、委員が企業寄りのスタンスでかつ労災事案の経験が少ない弁護士2名のみだったため、私どもは強く抗議するとともに、経験豊富で中立的な立場で調査してくれる弁護士を1名、委員に加えるように要求しました。

 そして第三者委は『自殺か事故死か認定できない』と結論づけましたが、会社側は第三者委に上田さんが亡くなるところが写った防犯カメラの映像を提出しておらず、資料提供も不十分であることがわかりました。このほかにも、こちら側から提出を求められて資料を提出する際に一部を抜いて提出してくるなど、細工をしてくる場面が目立ちました」

 上田さんの母親、直美さんに話を聞いた。

「全体的に会社側の組織としての対応・姿勢には誠意が欠けていると感じました。たとえば第三者委の設置にしても、こちらが『必要ではないでしょうか』とお伝えしても『検討します』とだけ言って、何度も催促していたにもかかわらず1年半以上も待たされ、やっと立ち上がったと思えば『このメンバーでやります』と一方的に伝えられるのみでした。メンバーは会社側が選んだ弁護士さん2名だけで、調査でどのようなことをヒヤリングするのかについて私たちに聞くこともなく、さらに防犯カメラの映像を第三者委に提出しないまま判断が出されてしまいました。会社側は労災認定を受けてメディアの取材に対し『誠意をもって対応する』とおっしゃっておられますが、このような事態が起きた経緯や今後はどのような取り組みをされていくのかについて、きちんと会見を開いて説明する責任があると思います」

労災認定とは

 今回の労災認定について日立造船に見解を聞いた。

「亡くなられた故人に対しあらためてご冥福をお祈り申し上げ、ご遺族の皆様に謹んでお悔やみを申し上げます。誠意を持ってご遺族に対応させていただきたいと考えております。また、今後二度とこのようなことが起こらぬよう、再発防止に向けた取り組みを進めていく所存でございます」

 山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。

「いわゆる労災、『労働災害の認定』を受けるということは、人を雇っている者・法人が加入する労働者災害補償保険法に基づき、『業務上の災害』であることの認定を受け、国(行政)から給付金を得るための手続きです。この『労働災害の認定』を得るためには、業務を行っていたことで発生した災害であること、業務に関係して発生した災害であることが条件です。たとえば、工場で作業中に指を挟んで骨折したとか、営業で外周りの際に交通事故に遭ったような場合に、補償を受けるわけです。

 今回は、(1)自殺が過労死と認められ、(2)この過労死が労災と認められたということです。まず、(2)「過労死」が認められるためには、直近1カ月で100時間の労働時間などがあった場合に脳疾患や心臓疾患により死亡したことが必要です(いわゆる『過労死ライン』と呼ばれています)。次に、『自殺』が『過労死』と認められるためには、業務による強い心理的負荷により精神障害が生じていて、この精神障害が業務以外の事情から発病したものではないことが必要です。おそらく、長時間の労働が重なったり、叱責などが原因の精神的ストレスによって精神的障害が生じたのでしょう。

 また、国(行政)が自殺が過労死としての労災と認めた場合、われわれ弁護士は、司法である裁判所に対し、この『労働災害の認定』、すなわち業務によって発生した災害であると認められたことを理由に、雇い主に対する損害賠償請求を行います(申立の順番が前後することはありますが)。国(行政)が労災(要するに、会社が悪い)と認めたわけですから、雇い主に対する損害賠償請求が認められやすくなるからです。」

 大手電機メーカー部長はいう。

「大企業だと所属する部署や上司によって労働環境がまったく違ってくる。部署によってホワイトだったり、長時間労働や上司のパワハラが常態化するブラックだったりして、まるで別の企業であるかのように違ってくる。日立造船のような歴史が長い重厚長大型の製造業では、いまだに従来型の日本企業の風土が残っているところも少なくなく、部長や課長は自身の持ち場で絶対的な存在になり、パワハラ的な言動があっても外部から口を挟みにくい。さらに海外ともなれば外からの監視の目が行き届きにくくなることも、今回の不幸な事態につながったと考えられる。

 亡くなった方は入社3年目のときにタイへ赴任したことになるが、メーカーの技術職で3年目というのは経験・知識面ではまだまだの状態で権限が小さいものの、新人的ポジションを脱して戦力として力を発揮することを期待され始める時期でもある。それゆえに会社から海外赴任を任されたと想像できるが、海外で言葉が通じる現地スタッフも少ないなかで未経験の業務まで任されていたとすれば、会社として業務の割り振りやフォロー体制が適切であったのかが問われる。また、大企業の3年目であれば『上司が全て』という状況になりやすく、上司に恵まれなかったというのは不運としかいいようがない」

(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)

山岸純/山岸純法律事務所・弁護士

山岸純/山岸純法律事務所・弁護士

時事ネタや芸能ニュースを、法律という観点からわかりやすく解説することを目指し、日々研鑽を重ね、各種メディアで活躍している。芸能などのニュースに関して、テレビやラジオなど各種メディアに多数出演。また、企業向け労務問題、民泊ビジネス、PTA関連問題など、注目度の高いセミナーにて講師を務める。労務関連の書籍では、寄せられる質問に対する回答・解説を定期的に行っている。現在、神谷町にオフィスを構え、企業法務、交通事故問題、離婚、相続、刑事弁護など幅広い分野を扱い、特に訴訟等の紛争業務にて培った経験をさまざまな方面で活かしている。
山岸純法律事務所

日立造船・過労自殺、遺族に「事故で労災」要請…防犯カメラ映像を提出せずのページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!