東京都と千葉県の老人ホームで、給料未払いにより職員が一斉に退職し、入居している高齢者が取り残されるという事態が生じている。フジテレビ系報道番組『Live News イット!』が伝えている。なぜ、このような事態が起きるのか、同様の事態は他の施設でも相次ぐ懸念があるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
『イット!』報道によれば、昨年10月にオープンした90人以上が入居する高齢者施設で、給料未払いにより30人近くの職員が一斉に退職。千葉県の老人ホームでも職員が一斉退職し、入居者のオムツや布団は交換されずに汚れたままで、ゴミは放置され、脱衣所にはバケツが放置されたままの状態になっているという。そして施設を運営する事業者の経営者は逃亡状態だという。
両施設とも職員への給与が未払いになるほど経営難に陥っているとみられるが、介護施設の運営費用は主に介護報酬により賄われており、入居者の自己負担は1~3割、残りが介護保険料と自治体(国・都道府県・市町村)による拠出。介護報酬はサービスごとに定められた人件費率や地域区分の上乗せ割合などで決まるため、介護施設が自由に決められるものではない。収入としては介護報酬のほか、各種補助金・助成金がある。
よって介護施設の収入は法律に基づいて決まる面が強く、また施設の経営は自治体による指導監督のもとで行われているが、なぜ上記2施設のような経営行き詰まりによって入居者が放置されるという事態が生じるのか。淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授はいう。
「今回問題となっている施設は住宅型有料老人ホームであり、付随する訪問介護事業所からヘルパーが派遣されるかたちで事実上の一体経営が行われています。入居に伴う一時金が10万円程度とのことですが、介護付き有料老人ホームであれば、一般的な相場は200~300万円くらいなので、安すぎといえます。低価格をウリにたくさん入居者を集めて、職員を雇い、サービスもたくさんつけて介護報酬を得ようという、ある種の貧困ビジネス的なことを、福祉業界に精通しない事業者がやろうとしていたという印象を持ちます。介護職員の不足が深刻化するなかで人手を確保するためには賃金を上げなければいけなかったりと、実際にやってみると想定のようにはうまくいかず、経営が行き詰まったのでしょう」
今後、同様の事例は増えていくと考えられるのか。
「『高齢者が増加しているから客はたくさんいる』と考え、居酒屋やレストランを始めるような感覚で介護事業に参入する事業者が増えていますが、福祉法人をうまく経営していくためには、福祉の実態や制度への理解、深刻な介護人材の不足のなかでの人材確保、そして福祉の精神が必要なため、安易な感覚で参入してもうまくいきません。そうした事業者の施設が行き詰まるケースが今後増えるのではないかと懸念されます」
国は訪問介護の基本報酬を“引き下げ”
介護施設の経営は厳しい。厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によれば、介護施設・事業所の2022年度の平均収支差率(利益率)は介護サービス全体が2.4%であり、介護老人福祉施設はマイナス1.0%、介護老人保健施設はマイナス1.1%と赤字。介護事業者の倒産も増えている。東京商工リサーチの調べによれば、2024年上半期(1-6月)の介護事業者(老人福祉・介護事業)は前年同期比50.0%増の81件となっており、介護保険法が施行された2000年以降で最多となった。
「倒産件数の増加については、国が4月から訪問介護の基本報酬を引き下げたことが原因と考えられ、国のミスといえます。介護施設・事業所の赤字については、物価上昇や介護職員の賃金上昇が重なる一方で、それに見合ったかたちで介護報酬が十分に引き上げられていないことが原因だと考えられます」
(文=Business Journal編集部、協力=結城康博/淑徳大学総合福祉学部教授)