ファナックでは昨年6月に懲罰人事といわれる処分が発表され、副社長、専務、常務の全12人が平取締役に降格になった。留任は社長の稲葉善治氏のみで、善治氏の長男である清典氏が取締役に就任したが、こんな荒業ができるのは、長年カリスマとして同社の実権を握ってきた稲葉清右衛門名誉会長しかいない。清右衛門氏は善治氏の父親で、これまで同社の役員人事は清右衛門氏の一存で決まってきた。
ところが昨年10月に異変が起きた。清右衛門氏は連結子会社を含め、ファナックと名がつく国内7社の代表を解任されたのだ。平取締役に降格させられていた副社長は元の役職に復帰、同じく専務から平に降格していた2人は副社長に昇格した。しかも、善治氏しか持っていなかった代表権が与えられ、代表取締役は4人になった。他の専務、常務も次々と復活し、取締役になったばかりの清典氏も一気に専務に昇格した。
「稲葉王国」に何が起きたのか――。ファナックはIR(投資家向け広報)をしないことで証券市場では有名だ。決算短信や有価証券報告書(有報)など、上場企業として必要最低限の情報開示しか行わず、証券アナリストの取材にも応じないという徹底ぶり。極端な秘密主義を採っているため、人事の狙いがはっきりしないことが多かった。
6月27日に本社の所在する山梨県南都留郡忍野村で開催された定時株主総会を報道したメディアは見当たらなかった。秘密のヴェールに包まれ、取材は一切シャットアウト。株主総会後、報酬1億円以上の10人の役員の名前が有報に記載された。
総会の議案で注目されたのは、第3号議案の取締役12名選任の件。現在の取締役18人のうち6人を減らして12人にするというものだった。総会の招集通知書によると「より機動的に経営上の意思決定権を行う」ためとしている。
これがなぜ注目されたかといえば、社長の善治氏が主導して取締役の減員が決まったとみられているからだ。ファナックは06年にも取締役を27人から15人へと半分近く減らしたことがある。この時には、経営体制に重要な変化があった。名誉会長、会長、社長、専務などで構成する経営会議が設置され、業務上の重要事項は経営会議で審議され、取締役会は追認するだけとなった。清右衛門氏は経営会議のメンバーに入った。2000年に取締役を退いていた清右衛門氏が、名誉会長としてファナックに君臨する体制が出来上がったことになる。
●実力者の失脚
しかし、いささかやりすぎた結果、昨年10月に清右衛門氏は事実上失脚。人事権は名誉会長から社長に移った。そして、今年の株主総会で役員人員を削減し、少数の取締役会で重要事項を決める経営体制が確立したことになる。社長の善治氏が父親の清右衛門氏から経営権を奪取し、自前の経営体制が始動する。
そのターニングポイントとなったのが、今回の株主総会である。善治氏の選任の賛成票は87.3%。他の役員の95~96%という高い賛成率と比べると、支持率の低さが目立つ結果となった。清右衛門氏の呪縛から解き放されたファナックは、「普通」の会社になるのだろうか。“謎の会社”ファナックの動向に、市場関係者の注目が集まっている。
(文=編集部)