日立子会社、三菱東京銀行の偽装請負を告発した社員を強制解雇 不当行為が常態化か
「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、数多くの企業の裏側を知り尽くした新田氏が、ほかでは書けない「あの企業の裏側」を暴きます。
「メガバンクのフロア丸ごと偽装請負
三菱UFJ銀の監督 金融庁に徹底求める」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-03-27/2014032715_03_1.html
「三菱東京UFJ銀行が「偽装請負」で日立製作所から子会社を通じて労働者を派遣させている問題を告発し、金融庁が同行の違法行為を改めるよう監督の徹底を求めました。(中略)東京・大手町の三菱東京UFJ本店で偽装請負で働き、東京労働局に内部告発した日立子会社の女性の訴えをもとに「メガバンクの最先端の職場のフロア丸ごとが、偽装請負で成り立っている」と違法行為の一端を紹介しました。(中略)また、偽装請負を内部告発した女性が日立の子会社から解雇されたと指摘。日立や三菱東京UFJによる女性への報復を批判したうえで、不正を告発する労働者を守れるように公益通報者保護法の改正が必要だと強調しました。」(「しんぶん赤旗」2014年3月27日)
少し前に報道された上掲の事件は記憶に新しいはずだ。日本を代表する大手都市銀行がおかした法律違反事件であり、金融庁の指導が入ったレベルにも関わらず、大手マスコミの報道は実にアッサリしたものであった。
実際、被害者である女性社員(以下「Aさん」と表記)は厚生労働省で記者会見まで開き、この問題を広く世に問うた… はずであった。会見の場にはあらゆるメディアが取材に来たところまではよかったのだが、結果的に記事として広く世に出たのは「週刊文春」と、共産党系「しんぶん赤旗」だけであった。
ちなみに、読売新聞は記者会見後、Aさんに個別取材までおこなったにもかかわらず、結局記事になっていない。わざわざAさん本人が、情報開示請求をおこなって手に入れた資料なども参考資料として送って対応したが、結果的に記事にはならなかった。
大きな問題であるにも関わらず、話題になっていないことについてはいくつか理由が考えられる。
(1)そもそも「偽装請負」の何が問題か、マスコミも労組も知らないし、一般の人にとってはさらに縁遠いテーマであること
(2)しかも、偽装請負があったからといって労働者が特段損をするわけではないので、関係者も「仕事があるだけまだマシ。ゴチャゴチャ言うな」というスタンスになりがちであること
(3)事件に関与している会社がいずれも大手であり、マスメディアにとっては普段から大量に広告を出稿してくれている「上顧客」でもあるため、あまり大きく騒ぎ立てたくないという遠慮、すなわち「スポンサータブー」があること
あくまで予想であるが、本連載の読者の皆さまであれば首肯頂けるであろう。
しかし、よく考えて頂きたい。「ダメなものをダメ」と言ったことで、言った本人は賞賛されるどころか、仕事を追われてしまい、勤務していた会社をクビにまでなってしまったのだ。そもそも公益通報制度により、内部告発は重々保護されるはず。なのに誰も問題にしていない。これは恐怖である。こんなことがあれば、誰も大手企業の悪行に対して声を上げなくなってしまうではないか。
今回、まさに同事件において派遣される側としてT銀行に勤務し、本件を内部告発した社員から直接インタビューする機会を得た。そこから明らかになったのは、偽装請負が常態化している銀行の内情はもちろん、派遣元である日立コンサルティング(以下HC社と表記)のさらに悪質な実態であった。
「頭数さえ揃えばいい」 コンサルティングとは名ばかりの「下請け作業」の実態
「内部告発をした派遣社員」と聞くと、読者の皆さまはどんなイメージをお持ちになるだろうか。仕事もロクにせずに、給料や権利ばかり主張するモンスター社員か?もちろん、そのようなイメージに合致する人もいるのかもしれないが、今回取材に応じてくれたAさんはまったくそのような印象とはほど遠い、理知的かつ実力をお持ちの方であった。
業界構造に詳しい方ならご存知のとおり、この場合の「派遣」というのは、コピー取りやお茶汲みなどをおこなうような事務アシスタント作業の派遣スタッフのことではない。ITシステムの構築や保守などをプロジェクトで請け負う、高度な専門知識をもった人材のことなのである。
A氏も、HC社に移る前までは外資系大手IT企業でプロジェクトマネジャーを担当していたやり手の人物である。氏はこれまでのキャリアを基に、コンサルティングファームの立場から仕事をする機会を求めてHC社の扉を叩いたのだった。
しかしA氏は選考の時点から、HC社に対して違和感を抱いていた。選考過程では複数回の面接があったが、面接官の誰も、コンサルティング会社によくあるタイプの「○○業界の現状における課題と、その解決策について」だとか、「東京都内に△△は何本あるか」といったような「厳しい質問」をしてこなかったのである。
入社後判明したところによると、HC社では「採用ノルマ」が存在しており、特段絞り込んだ採用をおこなっていなかった。そして実際の業務は「コンサルティング」とは名ばかりの、「IT実務の下請け作業」が中心だったのである。そのような業態の場合、派遣できるスタッフの頭数次第で、売上げは多くも少なくもなる。結局、ある程度のIT的素養があればプロジェクトに入って稼いでこられるし、頭数がそろわないと機会損失になってしまう。同社の採用は「とりあえず採用して、現場に放り込む」という形の「人数勝負」であったのだ。
しかも、HC社が受託している仕事の8割程度は、親会社である日立製作所からの下請け業務であることがわかった。すなわち、「直接顧客と契約する力量もない会社」であったということだ。そのような業務形態だとどうなるか。HC社が直接サービスを提供しているエンドユーザーではなく、「日立製作所こそが大切な取引先」、というスタンスになってしまうのは目に見えている。「エンドユーザーのニーズを聴くべき」とはアタマで分かっていても、直接仕事を振ってくれる日立製作所の「面目をつぶすわけにはいけない」という姿勢になってしまうわけだ。
ちなみに、今回銀行との契約を結んでいたのも日立製作所であり、HC社はそこから仕事を丸投げで受けていた形である。元請である日立製作所の社員は、オフィスに月に1回顔を出すか出さないか、という程度の関わりかたであった。
現場で業務を担当しているHC社からは、「現場リーダー」的な立場の人員が派遣されてきてはいたが、実際に業務内容を指示しているのは銀行側の人物であった。すなわち、この点が違法な「偽装請負」と言われる点である。細かいお話になるが、「請負契約」の場合、スタッフに指示を与えるのは請負会社(この場合はHC社)側でなくてはならず、客先(この場合は銀行)の人間から指示を受けて仕事をしてしまうと、その時点で違法になってしまうのである(そうすることで、禁止されている「中間搾取」、いわゆるピンハネになってしまうからだ)。
当時銀行本社の23Fフロアで勤務していた220名中、約180名が派遣や請負などの外部スタッフで、行員が約40名であった。派遣元となる派遣会社も、元請で17社、さらにその下請となると、30社くらい入っていたという。
さらに、Aさんが配属されたチームは「複合チーム」と呼ばれる「多重請負」であった(元請企業から下請企業へ、さらにその下請へとどんどん仕事が委託されていき、指揮命令系統や責任関係が曖昧に乱れた状態)。内訳は「日立コンサルティング」の社員に加え、「日立ソリューションズ」と「日立製作所」の社員が各1名。さらには他の再委託先の社員もがメンバーに入っていた。彼ら外部の再委託先スタッフについては、銀行側の社員にチームメンバーを紹介する際、HC社の担当者が「うちの社員じゃないんですけど」と発言していたため、銀行側も「多重請負」であることを認識していたことになる。
当該フロアで勤務する人員のうち、実に3/4が外部から派遣されてきたスタッフであるということは、それだけ対応すべき業務量も膨大で、さぞ忙しい職場であることを想像するかもしれない。しかし、これまた読者の皆さんのイメージとは違う世界が広がっているのだ。
「別にコンサルティングなんていらない」
たしかにシステムエンジニアなどは、業務量やプロジェクトの納期によっては自社で賄い切れない分があるので、派遣も必要な場面はあるのだが、「コンサルティング」については「別に必要ない」という認識なのである。「仕事は単なるサポートレベルで、指示がないと何もできない。高いカネを払う割には役に立たず、SEのほうがよほど有用」と考えられていたようだ。いらないといえばいらない。でも「外部スタッフを雇うための予算枠」は確保できているし、日立くらいの大手になるといろんな面でのビジネスの付き合いもあるから。むげには断れないし…というスタンスなのである。「ニーズありきではなく、予算ありき」という世界だ。発注担当者も皆、「自分の金じゃないから気にしない」のである。
前置きが長くなってしまったが、まずはそのような背景があることをご承知おき願いたい。改めてお話を整理すると、Aさんは日立コンサルティングの正社員であり、会社が受託したプロジェクトに応じて、様々な現場に派遣されて業務をおこなう立場であった。その流れでAさんは三菱東京UFJ銀行に派遣され、銀行に常駐する形で仕事をすることになった。プロジェクト開始は2012年10月からであった。
HC社ではプロジェクトをアサインされると、基本的に半年間はその現場の業務を担当することになる。自動更新ではなく、契約が継続するかどうかは派遣先企業の予算やプロジェクト内容による。ちなみに当該銀行でAさんが担当していた業務は、上記のような理由から「システムコンサルティング」ではなく、翻訳作業をしたり、企画書を作成したりするような単なる「事務作業」であった。
先述のとおり、業務指示はHC社からではなく銀行側から与えられていたため、Aさんは疑問に感じていた。そんなある日、上司との会話の中でAさんは何気なく次のような発言をしたのだが、それがAさんの運命を変えていくことになる。
「業務請負のはずなのに、これ(銀行側から指示を受けて事務作業をおこなうこと)ってなんだか派遣みたいですね」
この発言が、HC社関係者に目をつけられる原因となってしまったようだ。そのときを境に、Aさんはだんだん仕事から遠ざけられるようになっていく。そうするとAさんもさらに疑問が深まり、HC社側と対立する姿勢をとるようになっていった。「裁量労働制の適用条件を満たしていない」とか、「労使協定を結んでない」、「かつ代表者が不正に選出されている」といった違法行為を度々告発していたのだが、HC社側にとってAさんの存在は邪魔になっていたのだろう。
Aさんだけが明らかに不利な扱いに
HC社の場合、クライアントに派遣される場合は通常「半年の業務契約を更新し続ける」形でプロジェクトを遂行していく。しかし、Aさんのプロジェクトメンバー8名のうち、更新となったのは「Aさん以外の7名」であり、Aさんだけがメンバーから外されてしまう。
本人は銀行のプロジェクトに残りたい意志があり、その旨も上司に伝えていたが、会社命令で「いったん本社勤務に戻れ」との指示が出た。Aさんはそういった会社側の一連の動きをみて改めて告発する構えを見せたが、会社側もそれを察知したのか、半年間の契約が終了する直前である2013年3月28日、強硬な手段に訴え出た。Aさんが勤務する銀行のオフィスに、普段HC社にいるはずの上司や人事部の人間が突然、かつ銀行側にも無断で侵入してきて、Aさんに襲いかかり、力ずくで引きずり出そうとしたのだ。
本件は警察沙汰にまでなり、後にHC社側も無断侵入を認め、件の上司らに始末書を書かせている。
この騒動をきっかけにAさんは「上司の命令を聴かなかった」という名目で懲戒処分を受け、評定や給与も大幅に下がってしまった。2割の減給と2段階の降格(シニアコンサルタントからアナリストに)。HC社の組織上ではもっとも下の地位だ。ちなみにAさんは告発はおこなったが、派遣先での業務については銀行側も満足するクオリティであった。
Aさんは会社側のこれらの所業に対して、労基署に「あっせん」を申請したが、会社側が話し合い拒否。この頃からAさんは心身ともに不調となり、鬱病を発症してしまう。しかしHC社はさらに追い打ちをかけるように、一方的に「裁量労働制」から「定時制」へとAさんの勤務形態を変更してきた。通院などで業務から離れている時間帯の給与を差し引いてきたのだ(労基署に行くことを阻止する意味もあったであろう)。結果的に、様々な理由で給与が差し引かれて、金額は元の給与の半分以下になってしまった。ちなみに、HC社で定時制が適用されているのはAさんだけ。これはもう嫌がらせ以外の何物でもなかろう。
同年4月、Aさんは意を決して港区海岸の労働局にHC社と銀行との偽装請負を告発する。調査は進み、同年7月に「職業安定法44条、および労働者派遣法複数条の違反を認定した」、という連絡があった。これが、報道された事件に関するものだ。
「退職と引き換えに、慰謝料で手を打ちましょうか」
その後Aさんは、HC社の親会社である日立製作所本社の内部通報窓口にこれまでのいきさつを相談し、同社総務部の担当者と計7回面談した。当然HC社側は終始頑なな態度をとり、総務部担当者はその間に入っていろいろと調整してくれていると期待していたのだが… Hさんの期待は、またもや挫かれることになる。Aさんの言い分に配慮するかと思いきや、担当者は平然と「退職と引き換えに、慰謝料で手を打ちましょうか」などと言ってくることもあった。
結果的に、Aさんは「就業規則違反」を理由に解雇を言い渡される。Aさんは会社側に理由を問いただしたが、「勤務態度が悪い」とか、「心身の状態が就業に耐えられない」といった、なんとでも判断できるような一般的な回答しか返ってこなかった。もちろんAさんは承服しなかったが、解雇当日にはAさんを人事部の人間4名が囲み、「解雇通知を受け取れ」と言われて押し問答になり、人事部長はあろうことかAさんにタックルしてきたという。
不思議なことに、Aさんの解雇当日に、Aさんの銀行口座には解雇予告手当が振り込まれていた。当日に振り込みがあったということは、それがなされたのは明らかに当日の15時前であるはずだ。しかしAさんはその時間、まだ日立本社総務部の担当者と話していた。その場では解雇の話など出るはずもなく、今後の展開についても「まだ調査中」と言われていたのに、である。本社総務部とHC社とは、裏で繋がっていたのだ。
このような会社のやり口もひどいものだが、一連の告発以降、労働局の態度も、警察の捜査も、そして裁判さえも、会社対応に輪をかけてひどいものであった。
偽装請負の告発を受けた労働局は、「指導レベル」のことだとして、一件をうやむやにしてマスコミに出ることはなかった。こういった不祥事は、よほど悪質と認定されない限り外には出ない情報なのだ。
警察の捜査も裁判も、会社側の言い分を鵜呑みにする。またAさんは離職後、かつてのチームメンバーに接触しても拒否されている。箝口令が敷かれているのだろう。会社にとって都合が悪い情報は、このように外に漏れることなく管理がなされ、これまで一般市民までは伝わってこなかった。
「誰も責任を持たない仕組み」が温存されてよいのか?
このように、勇気をもって内部告発をしても、その通報制度が実質的に機能していない、という問題はまだまだ根強く残っており、更には解雇に至るまで、複雑な問題を内包している。行政も消極的で、マスコミも騒がない。これでは何かしら問題が起きても、誰も責任を持たないことになってしまう。
Aさんは、現在の活動を支援してくれる労働組合に巡り合うことができ、サポートを受けながら活動中である。
銀行に対する団体交渉において、銀行側は指導事実を認めた上で「Aさんの業務は満足できる内容であったので、給与は支払った」と回答した。
HC社は最初団交を断ったが、銀行側が団交に応じた事実を受けて対応してきた、しかしあくまでAさんの解雇理由は「偽装請負の告発」によるものではなく、「勤務態度が悪い」ことが原因と主張を続けている。
「公益通報者保護」はまだまだ定着していない
「公益のために事業者の法令違反行為を通報した事業者内部の労働者に対する解雇等の不利益な取扱い」は禁止される。これは「公益通報者保護法」という法律により定められており、形としては整ってきたところだ。(参照:厚生労働省ホームページ「公益通報者の保護」http://www.mhlw.go.jp/shinsei_boshu/kouekitsuhousha/)しかし、浸透はまだまだのようだ。浸透させるためにはそのための事例と裁判が必要であり、「判例」が必要になるからだ。保護法があるからと安心するのではなく、「裏付けはないものだ」という前提のうえで、定着に至るためにはまだ本件のような問題が存在しており、解決のためにはさらに困難なハードルが存在している事実を認識する必要がある。
本件に限った話ではなく、実際に大手企業は守られている。不正に対して労働局も深く突っ込んではこないし、被害者が告訴したとしても、裁判で小さくおさめようとされてしまう。しかも、証拠となる資料が充分でないことも多いため、進展もしない。残念なことだが、問題が大きいものであるほど、「大変だからできるだけ動きたくない」スタンスをとるのが行政の現状なのだ。それが、日本経済に大きな影響を与える大企業が会社ぐるみでおこなっていることにも関わらず、である。
本件に限らず、ブラック企業問題や労働問題の解決に対してもっとも障害となるのは、我々の「無関心」である。この事件は「どこか遠くで起きた、対岸の火事」ではない。自分の身にもいつ起きるか分からないと捉え、もっと大々的に解決に向けて議論しなければいけないのだ。
ちなみに、銀行側は偽装請負についてほぼ見て見ぬふり状態だったようで、「認識していた行員もいたと思うが話が上まで上がってこなかった」と説明していた。現在は、メールでの指示を止めたなど、情報が外部に漏れないような対応にしているのみで、根本的に改めたわけではないようだ。さらに、「偽装請負と契約は別問題なので日立との取引は止めるつもりがない」とも表明していた。
その後、Aさんが所属している労働組合とHC社との間で団交がおこなわれた。HC社側は「偽装請負は、Aさんが銀行にけしかけたもので、偽装請負状態を知りながら働いていたのだから同罪だ」、と述べ、あくまで解雇はAさん側に問題があり、偽装請負とは別問題だとの姿勢は崩さなかったのである。
私はこれらの事実を受けて、HC社に対して取材を申し入れた。先方からの返答は以下のとおりである。
「Aさんへの対応については、適正な業務指導及び就業規則に則った対処を行っており、問題となる行為は行っていないと考えております」
「Aさんの解雇については、解雇規定にあてはまるため已む無く解雇したものであり、公益通報との関係はありません」
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)