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JT、たばこ受動喫煙防止条例に反対工作 山形県知事へ意見書、東京都も制定見送り

文=藤田京二/ジャーナリスト
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JT、たばこ受動喫煙防止条例に反対工作 山形県知事へ意見書、東京都も制定見送りの画像1大内理加山形県議会議員

 昨年末、舛添要一東京都知事が朝日新聞の単独インタビューに応じ、受動喫煙防止条例を当面見送ることを明らかにした。2020年の東京五輪開催を控え、公共の場所での受動喫煙対策をすべきだという声が大きくなってきていることを受けた発言である。

 近年の五輪開催地では、法律などで禁煙や分煙を定めるのがもはや常識となっている。世界一の喫煙国である中国でさえ、北京五輪の前には「無煙五輪」を宣言し、条例を制定して規制をかけた。そんな世界の常識に反して現時点での条例化を見送る理由について都知事は、飲食店と共に「禁煙に反対するたばこ業界」からの懸念の声があるためだと語った。

 あまり知られていないが、世界的に見れば先進国では喫煙場所や購入手段などに関して何かしらの法的規制がかけられている中、日本ほどたばこに甘い先進国はない。これは。日本たばこ産業(JT)の影響力によるところが大きいといわれている。

 JTはもともと日本専売公社という国有企業であり、歴代トップには旧大蔵官僚が就いた。民営化された後も官との近さは変わらず、株式の33%以上を財務省が所有し、「たばこ事業法」という法律で保護されるという極めて公権力に近い企業である。そのため、当然政治家もすり寄り、JTや葉たばこ農家、販売組合などへ利益誘導する「たばこ族議員」という言葉もあったほどだ。

 そんな政治力に加えて、JTには世論を抑える力もある。世界第4位の「たばこコングロマリット(複合企業)」に成長したJTからは毎年、新聞・テレビに莫大な広告予算が注入されている。

 このような日本独自の環境を鑑みれば、都知事がこのまま条例をお蔵入りにする可能性は極めて高い。ある東京都議は、こんな結末を予測する。

「五輪の直前になんの法的拘束力もないスローガンなどを発表して、お茶を濁すというのが現実的な落としどころではないか」

条例制定が一転、骨抜きに

 実はすでにそんなシナリオが現実化した場所がある。山形県だ。山形県は受動喫煙防止に力を入れている自治体のひとつだ。吉村美栄子知事が12年2月に受動喫煙防止条例の制定を検討することを表明してから大規模実態調査などを経て、14年2月には県受動喫煙防止対策検討委員会が「なんらかの社会的枠組みが必要」という報告書を知事に提出。このまま神奈川県などに続いて条例化まで一気にこぎ着けるのかと禁煙推進団体などから期待の声が上がったが、その期待は裏切られることとなった。

 昨年12月2日、吉村知事が「やまがた受動喫煙防止宣言」を今年度中にまとめるという方針を県議会で明らかにしたのである。同宣言は県内の受動喫煙防止対策を進めていくため、来年度から3年間、県内の公共施設や飲食店、旅館、事業所などで目標達成に向けた取り組みを促していくというもので、要するに強制力も罰則もないスローガンのことだ。

 なぜ条例という話が一転してこのような骨抜きになったのか。11年6月に県議会で吉村知事に受動喫煙対策についての質問を行い、条例化への道筋をつけた大内理加山形県議会議員が言う。

「14年2月に検討会が『なんらかの社会的枠組みが必要』という結論を知事に報告した直後から、知事室には条例に反対を唱える団体などが陳情に押し寄せたと聞いています。彼らの意見を尊重するというかたちで、知事は決断を1年間先送りにしてしまったのではないでしょうか。しかし、山形県はこれまで受動喫煙防止の対策が思うように進まず、検討委員会が時間をかけて検討してきたという経緯があります。県民の健康を第一に考えるのであれば、報告者が出た時点で決断をしてほしかった」

 このように振り返るのは、大内県議自身も身をもって「条例反対派」の力を思い知っているからだ。そもそも、彼女が受動喫煙の問題に取り組むきっかけとなったのは、初当選を果たした際に目の当たりにした県議たちの喫煙率の高さとその自由さだった。

「山形県庁舎はすでに全館禁煙となっていたのですが、その隣にある議会棟ではみんな当たり前のようにプカプカとタバコを吸っていました。驚きました。外の世界と比べて何年も遅れている。打ち合わせで議員の元を訪れる県職員の皆さんも嫌がっていました。副流煙をいや応なしに吸わされるわけですから」(大内県議)

タブー化するたばこ問題

 その後、大内議員の提言で、議会の会派内では分煙が実現されたが、いまだに議会棟は禁煙にはなっていない。陰ながら応援してくれる県議もいるものの、受動喫煙の問題に声高に声を上げているのは大内県議のみで、まさに孤軍奮闘である。

「その後、なんとか条例を制定して県民の健康を守りたいという強い思いから、県議会で条例の勉強会を開催しました。当初は5〜6人集まるかどうかと囁かれていましたが、反対派も含めて17人もの議員が参加。ようやく議会で議論が深められると思った矢先、吉村知事の“宣言”が出てがっくりしました。なぜこのタイミングなのか」(大内県議)

 政治の場において、たばこの問題に斬り込むことがいかにタブーなのかよくわかる。山形県内の医師らが中心となって受動喫煙問題などに取り組んでいる、山形喫煙問題研究会の川合厚子会長が語る。

「私も検討会で受動喫煙の問題について『条例により県民の命が救われる』ことを根拠を挙げて説明したのですが、条例反対派の方たちは『条例で規制したら、店の売り上げが減る』『死活問題』と、客や飲食店で働く人の健康や命を無視した発言ばかりが相次ぎました。神奈川県では条例で飲食店の売り上げが減っておらず、むしろ家族連れが入りやすくなって増えている。海外でも査読のあるきちんとした論文をまとめると、禁煙条例で飲食店の売り上げは変わらないか増えるという結果がしっかり出ています」

 だが、このようなデータをいくら説明しても、なかなか理解されることはなく、聞く耳すら持ってもらえないこともあったという。この背景について、川合会長が分析する。

「そういうエビデンスが Vocal minority、すなわち一部の声の大きい人たちにかき消されてしまったのは、やはりJTの力でしょうね。私たちのような医師のボランティア団体は本業をしながら時間をつくって活動していますが、あちらは資金も人もたくさんありますから。検討会でも、いつも何人かで来て、関連委員たちの発言を一生懸命記録していたようですよ」

JT社長、反対の意見書提出

 実際に、JTは昨年2月13日にも、検討会が「なんらかの社会的枠組みが必要」という報告書を出した時も、小泉光臣社長の名で吉村知事宛に以下のような意見書を提出し、条例推進派の「地域経済に影響ははない」という主張を真っ向から否定して規制へ向けた動きにブレーキをかけている。

「海外の事例や多方面にて報道されている神奈川県受動喫煙防止条例の影響においても示されているように、民間事業者に多大な影響を与える懸念があり、県民の生活にもその影響が波及するものと考えられます」(「山形県受動喫煙対策検討委員会報告書」に関する意見)

 要するに、民間事業者の商売にも配慮せよというわけだが、山形県民の中には健康被害を問題視する声も根強くあり、近年その勢いは増すばかりである。

「山形県は施設内全面禁煙の飲食店や旅館も増え、地元企業も積極的に分煙に取り組み始めました。保険で禁煙治療を受けることができる医療機関の割合も高いので、かつては高かった喫煙率も今は2割程度になりました。つまり、8割の人はタバコを吸わない。しかし、一方で受動喫煙の害は深刻で、なかでも子どもへの影響が懸念されます。飲食店で隣にいる喫煙者の煙を我が子が無防備に吸い込んでしまうことを心配する人は非常に多い。そのような県民の声が届かなかったのは非常に残念」(川合医師)

 現在、東京五輪を控える東京都でも有識者でつくる受動喫煙対策検討委員会が催されているが、山形県のケース同様、舛添知事は現時点で条例制定の可能性を否定している。

 果たして、日本で他の先進国並みの受動喫煙対策が行われる日は来るのだろうか。
(文=藤田京二/ジャーナリスト)

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