シャープは消費者庁から、景品表示法違反で措置命令を受けた(「同社HP」より)
消費者庁からイオンの効果に疑問符
とうとう花粉の季節がやってきた。今年は地域によっては昨年の7倍ものスギ花粉が飛び交うといわれ、花粉対策に空気清浄機の購入を真剣に考える人も少なくないだろう。
家電量販店にずらりと並ぶ空気清浄機。シャープの「プラズマクラスターイオン発生機」やパナソニックの「ナノイー」をはじめ、大手メーカーの製品はイオン発生機能の付いた機種がほとんどだ。消費者の間では、「イオンは健康にいい」という根拠のないイメージが強く、家電業界では「どんなに高性能な空気清浄機でもイオン機能がないと売れない」とさえいわれている。
だが、花粉症などのアレルギー疾患に悩む人々の期待を打ち砕くような事件が、昨年11月に起こった。
消費者庁が、シャープのプラズマクラスター機能を搭載した掃除機の広告について、「イオンがアレル物質を分解・除去する」と表示した広告が、景品表示法違反に当たるとして措置命令を出したのだ。モノが掃除機とはいえ、肝心のイオンの効果に疑問符がつけられた。
「イオン」の正体は活性酸素か?
では、肝心の空気清浄機が放出するイオンには、本当に花粉症対策の効果があるのだろうか?
各メーカーのホームページやカタログを見れば「浮遊アレル物質を不活化」「スギ花粉を99%以上抑制」など、具体的なデータが書かれているから、効果はかなり期待できそうだ……そう思ってしまってもおかしくはない。
だが、どのようにしてイオンが花粉や菌などを不活化するのか、確認してみよう。イオン発生の技術はメーカーによって多少異なるが、おおよそのメカニズムは次のようになっている。
デバイスから放出されるイオンから生成したOHラジカルが、アレル物質や菌・ウイルスなどの表面に付着し、タンパク質から水素を抜き取って不活化するーー。この説明だと少しわかりづらいかもしれないが、要するにOHラジカルとは、「酸化力の非常に強い活性酸素・ヒドロキシルラジカル」のこと。これが花粉やウイルスの表面に付着して酸化させる、ということになる。
だが、大阪大学の菊池誠教授(物理学)は、「ウイルスよりもはるかに大きい花粉を不活化させるという説明はわかりづらい。除去じゃなくて不活化という主張なら、花粉症の抗原そのものが破壊されるという第三者による検証がなければ、効果があるとはいえません」と指摘する。
さらに、本当に部屋中の浮遊物質を酸化させるほどの活性酸素が出ているなら、人体への影響も懸念されていいはずだ。言うまでもなく、活性酸素とは老化やさまざまな病気の原因になるとされる物質。ところがメーカーのカタログでは、活性酸素のリスクについて触れられていない。
ただし、イオンによって発生するOHラジカルは、それほど気にする必要はないという見方もできる。そもそもイオン式空気清浄機から発生するイオンは、空気中の分子の数に比べれば、きわめてわずかな割合でしかない。
むしろイオンと同時にできるオゾンのほうが、はるかに量は多い。オゾンも酸化力の強い物質で、広義の活性酸素に数えられる。以前から空気清浄機には使われてきたが、高濃度になると人体に有害となるため、現在ではJIS規格でオゾン濃度の上限が定められている。
さらに、昨年には、イオン式空気清浄機の除菌効果は、むしろオゾンによるものだとする第三者の検証試験結果が発表されているのだ。
空気清浄機を選ぶならフィルター重視で
イオンにしろ、オゾンしろ、非常に不安定な物質で、寿命は短い。さらに、人体への影響を考慮して発生濃度も抑えているとすれば、たとえ放出しても届く範囲は限られるだろう。
カタログに掲載されているデータは、あくまでメーカー側が実施した試験結果。しかも、見落としそうな小さな文字で、「1立方メートルのボックス」や「45リットルの容器」での試験と書かれているものがほとんどだ。
多くの空気清浄機の性能試験を行ってきた室内環境の専門家は、「1立方メートルの箱の中での結果が、そのまま8畳の部屋にも当てはまるとは言いきれない」という。花粉に関する検証試験ではないが、ウイルスの不活性化や除菌性能を検証した試験では、人が暮らす部屋の広さと同じ程度の試験場となると、ほとんど効き目が見られなくなってしまうのだ。実際、カタログには小さく「試験室内での効果であり、実使用空間での効果ではありません」などと記されている。これが空気清浄機の現実かもしれない。
それでも実際に使ってみると、花粉症の症状が軽減することはある。だがそれは、フィルターによるところが大きい。室内の空気を循環させるだけの風量があり、HEPAやULPAといった高性能フィルターを使用していれば、室内の浮遊物質はほとんど除去できる。もちろんイオン式空気清浄機でも、大手メーカーのほとんどの機種は、この条件をクリアしている。むしろそのほうが、イオンで「アレル物質を抑制」するよりも確実だといえる。
だとすれば、わざわざ効果も不確かな上に、人体に有害になりかねない物質を放出する必要があるのだろうか?
結局のところ、「イオンの効果」というイメージを与えるためだけの機能でしかないといえるだろう。
(文=六本木博之/フリーライター)