アベノミクスによる金融緩和の効果が出てきた、と政府は得意げである。しかし、日本の競争力が蘇ったわけではない。エレクトロニクス市場に目を向ければ見てのとおり、デジタル家電では、米アップルに歯が立たなくなり、韓国のサムスン電子やLGに追いつかれ追い抜かれてしまった。円安の追い風が吹いているとはいえ、日本企業は、強い体力をつけてきた海外のライバル勢を簡単には逆転できないのではないか。
主に日本メーカーが得意としてきた一般消費者相手のB to C製品で負け組に転じたのは、「日本は技術で勝ちビジネスで負けた」(坂根正弘コマツ会長)のが大きな要因であるが、よくよく考えてみると日本の消費者にも責任がある。
「消費者に国境なし」という自由競争の原理を否定しているわけではない。現代の「常識」からするとナンセンスといわれるだろう。しかし、日本人が日本経済、そして現在の生活、子供の未来を考えたとき、非常事態にある今ぐらいは、「常識」に反した行動をとってみてもいいのではないだろうか。
では、今の日本人消費者の消費感覚とはいかなるものか。都会ではドイツ車をはじめとする欧州車があふれている。だが、日本人の舶来品志向は今に始まったことではない。明治以降、欧米製品が高く評価されてきた背景には2つの理由がある。1つ目は技術が優れている点、2つ目が欧米製品に対する憧憬だ。前者については、1970年代から80年代にかけて、「メイド・イン・ジャパン」が製品力(機能的価値)で世界的に不動の地位を築き、必ずしも欧米製品のほうが優れているとは言えなくなった。今も日本製品に対する信頼性は高い。ドイツで働く日本人ビジネスマンは「帰国したらドイツ車には乗りたくありません」と話す。
逆に欧州に住んだ経験がない日本人が欧州車を好む背景には、女性がファッション・ブランドを身につけるときの「見せびらかす」動機があると推察できる。いわゆるステータスの誇示である。
また近年、電車に乗るとiPhoneだけでなく韓国、台湾などの外国製スマートフォンを使っている人が増えてきたことに気づく。彼らに「日本製品でなくては」といった拘りはなく、外国製品のほうが良いと思っている人も少なくない。さりとて、ヨーロッパ車に対するほど大きな意味的価値を感じているとも思えない。販売店で女性の店員に説明してもらうと「外国製品のほうがお勧めです。機能が優れていますから」と勧めてくるではないか。少なくとも機能的価値で、外国製品は日本製品と変わらなくなったと言っても過言ではない。
●日本製品の購入を後押しすべし
「日本製品離れ」とまでは言わないが、消費者の意識が変わってきていることは確かだ。
自由貿易を尊重する点や、日本製部品・材料の出荷が増えるメリットを考えると、口を挟むべき問題ではないかもしれない。だが、日本人消費者の厳しい目が優れた日本製品を育ててきた、部品・材料よりも完成品のほうがブランド波及力が大きい、などの観点からすれば、経済界だけでなく消費者も日本製品(完成品)の購入を後押しすべきではないか。
日米貿易摩擦が起こった80年代、アメリカで「バイ・アメリカン」運動が盛んになり日本製品がボイコットされた。このような保護主義に傾くのではなく、日本企業と日本人消費者が協力し製品を育てるという機運が復活すれば、機能的価値だけでなく日本の意味的価値も高まるのではないか。
そういうと、「和の香」や最近はやりの「クールジャパン」を思い浮かべるかもしれないが、それよりも、日本の優れた技術に裏付けられた意味的価値を訴求すべきだ。そのキーワードは英語になった“モッタイナイ”。つまり省資源、省電力をはじめとする環境に優しい製品群である。それも日本企業が得意とする、簡単には真似られず量産化できない「ややこしい」製品である。