サザンオールスターズ配信公演3600円の意味…新たなビジネスモデルとコロナ後の芸能界
どうも、“X”という小さな芸能プロダクションでタレントのマネージャーをしている芸能吉之助と申します。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除されてから約1カ月半。感染者が再び増加傾向にありまだまだ警戒をゆるめることはできませんが、放送が延期されていた4月クールのドラマも、続々と撮影再開、放送が開始されています。
木村拓哉さん主演の『BG〜身辺警護人』(テレビ朝日系)は6月18日、綾野剛さん、星野源さん主演の『MIU404』(TBS系)は6月26日、中島健人くん・平野紫耀くん主演の『未満警察 ミッドナイトランナー』(日本テレビ系)は6月27日から放送中。そしてこれぞ真打ち、の堺雅人さん主演の『半沢直樹』(TBS系)は、いよいよ7月19日にスタートしました。
木村拓哉さんのインスタグラムには、フェイスシールドを着用してドラマ現場で過ごしている写真が頻繁に投稿されており、ドラマ撮影現場も新しいルールのなかで進んでいることがうかがえますね。
ビニールシートで客席と仕切られた、音楽ライブの“異常な光景”
そして、まだまだ厳しい状況が続いているのが舞台やライブハウス。舞台は6月から上演に向けた稽古を始めたところが多いようですが、今まで通りの形で上演するのはやはり不可能。「劇団四季」などもそうですが、“前売りチケットの再販売”という形を取らざるを得ないんですよね。お客さんがコロナ禍前に購入してくれていたチケットを一度払い戻しし、もう一度、座席間に充分な空きを確保した状態の席数で販売し直すというものです。プレミアチケットをゲットできていた人は、本当に悲劇ですよね……。抽選がやり直しされるうえ、チャンスは半分に減ってしまうんですから。さらに、座席数を減らしたことでチケット料金を値上げしているケースも多い。そうしないと採算が取れないから仕方ないのですが……。
ライブハウスも、6月19日以降、全国的に観客を入れた営業が可能になったものの、観客同士の距離、出演者と観客間の距離をあけるなどの対策が必要。小規模のライブハウスは営業を再開しているところが多いものの、ビニールシートがステージと観客の間に張られた状態で、客席にぽつぽつと置かれた椅子に座った観客たちが、声援の代わりにカスタネットや太鼓でエールを送る……などなど、今までとは違う形で試行錯誤しているようです。もちろん、ライブハウス内で正しいソーシャルディスタンスを取ろうとすると、収容人数はこれまでの5分の1〜4分の1ほどになってしまう。チケット料金を値上げする、複数回公演を行う、同時にオンラインで有料配信を行うなどして、なんとか収益を上げる工夫をする必要がありますよね。
サザンのかつての公演チケット9500円が、配信ライブでは3600円
有料配信といえば、サザンオールスターズが6月25日に横浜アリーナから無観客ライブ配信を行いました。医療をはじめとするエッセンシャルワーカーの方々やファン、音楽活動を支えてくれているスタッフに感謝の気持ちを届けるのをテーマとして開催されたもので、有料配信チケット(3600円)購入者はなんと約18万人、推定視聴者数は50万人以上にものぼったそうです。すごい!
とはいえ、サザンオールスターズクラスのミュージシャンでも、オンラインだと3600円程度の値段設定になってしまうんだなぁ……というのがぼくの正直な感想。サザンオールスターズが2019年に開催した全国ツアーのチケット料金は9500円。それに比べると3600円というのは破格の金額ですが、それでも「オンラインなのにこの値段は高い」といわれてしまうんですよね……。
ミュージシャンのライブでも演劇の舞台でもそうですが、ファンってツアー中の公演には何度も足を運んでくれるじゃないですか。それが配信ライブだと、たった1回で終わりになってしまう。たとえば、500人程度のキャパがある劇場で、チケット1万円の舞台を30回上演したとして、それでざっと1億5000万の売上になりますよね。それを1回の配信で実現しようとすると、チケット料金が3000円だとして5万人が観ないと追いつかない、という計算になってしまう。
そのうえ、さっきお話ししたように、舞台やコンサートの動員数って、人数そのままじゃなくて“のべ人数”なんですよね。熱心なファンは、初日・千秋楽と、さらにあと1回くらい観に行こうかな……と考えてくれますからね。1回×5万人ではなく、2回・3回来場している人を含めての5万人なんです。また、舞台には親子で連れ立ってくる人も多い。チケットが2枚売れていたのが、オンラインだと1枚のチケットで、家族全員が同じ画面で楽しめてしまうわけです。
配信限定ライブをわざわざ横浜アリーナでやったのはなぜなのか?
こうなってくると、今までと同じやり方ではとても商売が成り立たない。公演を開催する側としては、これまでとは予算についての考え方をまったく変えていかないといけなくなった、ということです。
ところで、サザンオールスターズの無観客配信ライブは横浜アリーナで開催されたのですが、なぜ横浜アリーナだったのでしょうか? 配信するだけならもっと小さい会場で十分だし、コスト削減になるのに……と疑問に思った方もいるのではないでしょうか。
今回のサザンのライブの収益の一部は新型コロナウイルスの治療や研究開発にあたる医療機関に寄付することになっており、現在の社会を支える「エッセンシャルワーカーの方々やファンに感謝を伝える」というのが大きなテーマになっていました。でも実は、それと同じくらい大きな裏テーマになっていたのが、先ほども触れましたが「音楽活動を支えてくれているスタッフに感謝の気持ちを伝える」という部分なんです。
桑田さんは自身のラジオ番組(『桑田佳祐のやさしい夜遊び』TOKYO FM系、6月13日放送)で「同業者のみなさんやスタッフのみなさん、ライブやイベントがキャンセル・延期になっている。そういうなかで、おじさんおばさんたちが動くことで何かお手伝いできれば」と語っています。
というのも、音響スタッフ、照明スタッフ、セット担当、ダンサー……。コンサートスタッフはフリーランスや制作会社が担っていることが多く、今回のコロナ禍でコンサートやイベントがなくなったことで大きな損害・ダメージを負った人たちがほとんど。そういうスタッフたちの働く場を作るため、そして、またいつかライブが開催できるようになったときにその人たちが廃業しているなんてことがないように、という思いが強くあったようですね。
サザンが「有料配信」にこだわったことの意味
今回サザンが、無料でなく有料配信にしたことの意味も大きかったと思います。緊急事態宣言中にライブを無料配信するアーティストも多かったため、有料配信を「高い」と感じる視聴者も多かったと思いますが、サザンという国民的アーティストがこのように大規模な有料配信ライブを行ったことで、あとに続きやすい雰囲気が強くなってきたのではないでしょうか。
今回のコロナ禍で、国民の生活はガラッと変わり、エンタメ業界も大きく変わろうとしています。少しでも人の心を救ったり、元気づけたりできるようなエンタメを届けられるよう、ぼくもこの業界に携わる人間として、いろんな方法を試行錯誤しつつ、考え続けていきたいと思います。
(構成=白井月子)