反権力ニュースサイト「TABLO」編集長が、オトナのための映画を紹介していく不定期連載第2弾。今回は、「アイドル映画?」と侮られているかもしれない、ジャニーズ2大スターの共演作を語ります。
木村拓哉は「何をやってもキムタク」を脱しきれたのか?
この映画は、木村拓哉と嵐・二宮和也のジャニーズきっての演技派のダブル主演を「売り」にしたのでしょうが、いざ見てみると、僕にとっては、二宮和也の存在感が際立っていました。
10年ほど前、「CNNが選んだ、まだ世界的に無名だが演技力のある日本の俳優7人」に選ばれたのが二宮和也。今回共演している吉高由里子もそのひとりですから、この2人のクレジットを見ただけで期待値が上がります(ちなみに、残る5人は、堺雅人、木村多江、加瀬亮、寺島しのぶ、安藤サクラ)。
もう一人の主演、木村拓哉ががんばっているのは誰もが認めています。これまで木村拓哉への演技批判は「何をやってもキムタク」「自然っぽく振る舞った演技が、逆にあざとく見えてしまう」というものが多かった気がします。そんな木村拓哉ですが、今回は厳格で貫禄ある、中堅エリート検事を演じています。
このエリート検事と、二宮和也演じる駆け出しの検事が殺人事件を担当しますが、ある過去の出来事の呪縛から逃れられないエリート検事は捜査をめぐり暴走していくのです。
本作ではヒール役ともいえる木村拓哉の演技は、素直に好演と呼べるものでした。が、中堅検事役というのに違和感を抱いたのは僕だけでしょうか。木村拓哉は堺雅人や松山ケンイチのような憑依型の、いわゆる「カメレオン俳優」タイプではありません。どちらかといえば、役が木村拓哉に近づいていくイメージです。
ですから、テレビドラマ『BG~身辺警護人~』(テレビ朝日系)のボディガード役も、まず体格的にどうかと思いましたし、今回の中堅検事役も、もっと重厚な雰囲気のある人のほうがよかったのではと感じました。たとえば、西島秀俊や仲村トオル、堺雅人などです。しかし、「ジャニーズ演技派ダブル主演」というキャッチフレーズは、ジャニーズファンにとっては魅力的です。配給会社にとっても、確実に集客が見込めます。キャストありきの作品なのかなと思いました。
強調しておきますが、決して木村拓哉の演技がよくなかったとは言っていません。むしろ専門家の評価は高いでしょう。
映画にはいろいろな見方、魅力があります。脚本がいまいちでも、役者の演技だけで2時間もたせてしまうことができます。あるいは役者が無名でも脚本、仕掛けだけで見せてしまうものです。
『検察側の罪人』の原作は、ベストセラー小説『犯人に告ぐ』(双葉社)の作者である雫井脩介。映像化しやすい作品を書く作家です。豊川悦司主演の映画『犯人に告ぐ』(2007年)もハマっていました。脚本がわかりやすいので、『犯人に告ぐ』は原作を読んでいない人でもストーリーの構造が理解しやすかったでしょう。
とはいえ、『検察側の罪人』は観客にとっては、多少難しかったかも知れません。それは木村拓哉があまりにも自然体の演技なので、怪しさがあまり醸し出されなかったこととも関係しているように思います。悪さの部分が悪いように見えないことで、木村拓哉の行動目的がつかみづらいところがありました。これ以上はネタバレになるので口をつぐみますが、『検察側の罪人』は、ハリウッド映画でいうと、デンゼル・ワシントンとイーサン・ホークのダブル主演『トレーニング デイ』(01年)などと構図は同様です。すなわち、木村拓哉と二宮和也のバディムービーと思いきや、その対立が映画のキモとなるのです。
僕は映画『青の炎』(03年)で初めて二宮和也の演技を見たのですが、まったく気負っていない演技は『硫黄島からの手紙』(06年)に受け継がれ、『検察側の罪人』においても健在でした。「演技を見るのが楽しみ」な役者のひとりです。極論をいえば、彼の演技だけでも『検察側の罪人』は見る価値があるでしょう。
(文=久田将義/TABLO編集長)