「菅義偉官房長官が決断したようだ。吉田調書を独自に入手した朝日新聞と産経新聞が、全く相反する内容を報道しているものだから、『手前勝手につまみ食い報道をされては国民が混乱するだけ』と官邸も忸怩たる思いだった。ここで一気に公開に踏み切り、シロクロをはっきりさせることにしたんだ」(大手紙政治部記者)
吉田調書の存在は、朝日が5月20日付け朝刊一面で「原発 命令違反し9割撤退」と大見出しで報じた。朝日はこの中で、第1原発で働く大半の作業員が、事故直後、吉田氏の指示に反して10キロほど離れた第2原発に退避したと伝え、国内外に衝撃を与えた。ちょうど、お隣の韓国では、船長が真っ先に逃げ出して批判を浴びた「セウォル号沈没事故」が起きており、朝日報道は「日本版セウォル号」と海外に取り上げられたのだ。
一方の産経新聞も調書を独自に入手。8月18日付け朝刊で、聴取担当者から「(東電)本店から、全員逃げろとか、そういう話は」と聞かれた吉田氏は、「全くない」と否定したと朝日報道と食い違う調書内容を紹介。
吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ったものの、命令に背いて所員らが撤退したとの認識は示していない――と産経は断言し、以後、朝日報道の“でっち上げ”を追及するキャンペーンを張っている。
「朝日報道の特徴は、吉田元所長と現場作業員との仲間割れに視点を当て、危機的状況に対処できなかった東電批判をしている点。一方の産経報道は、当時の菅直人政権が東電と仲たがいをした点を強調している。つまり、ひとつの調書を元に、民主党に近い朝日と自民党に近い産経が、あの従軍慰安婦問題さながらに与野党の代理戦争をしているんだ」(前出・政治部記者)
調書そのものが公開されるなら、朝日vs産経の報道合戦にも決着が付きそうだが、実は、それほど簡単な話でもないらしい。福島原発事故の報道に詳しいジャーナリストが言う。
「吉田氏は30時間近く聴取されていて、調書の分量は約50万ワード、A4判で400ページ以上になる。その中で証言は揺れているから、どこを“つまみ食い”するかによって、全く違う結論になるんだ」
それゆえ、第三者機関にきちんと評価させるなど、調書の信ぴょう性そのものを検証する必要があるはずだが、「政府はいたずらに調書を公開して、“ハイ終わり”で済まそうとしている嫌いがある」(同)という。なんのための調書公開なのか、注視する必要がありそうだ。
(文=編集部)