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片田珠美「精神科女医のたわごと」

「五輪必ずやる」発言の菅首相は“幻想的願望充足”…願望を現実と混同、甘い認識の危うさ

文=片田珠美/精神科医
「五輪必ずやる」発言の菅首相は“幻想的願望充足”…願望を現実と混同、甘い認識の危うさの画像1
菅義偉首相のInstagramより

 菅義偉首相は1月12日、米マイクロソフト社の共同創業者、ビル・ゲイツ氏と電話会談し、「(東京五輪・パラリンピックを)必ずやり切る」と述べたという。この報道を見て、私は現状認識が甘すぎるという印象を受けた。

 まず、昨年春に緊急事態宣言が発令されたときよりも感染者も重症者も死者も増えているのに、今月7日に発令された緊急事態宣言は対象地域も対象業種も昨年より限定されている。対象になる飲食業にしても、休業要請ではなく時短要請であり、強制力も罰則もない。そのせいか、「応じられない」という飲食店も少なくないと聞く。しかも、冬は寒く乾燥している、つまり温度も湿度も低いので、ウイルスが活発になる。こういう状況で感染を1、2カ月程度で収束させられるのか疑問である。

 また、たとえ春になってわが国で感染をある程度抑え込めたとしても、世界にはまだまだ感染が蔓延している国が多い可能性が高い。新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっており、その効果への期待が高まっているが、WHO(世界保健機関)の主任科学者、ソーミャ・スワミネイサン氏は1月11日、新型ウイルスの拡大を止めるのに十分な量のワクチンを生産し、接種するのには時間がかかるとの見解を示し、「2021年内にはいかなるレベルの集団免疫にも達しない」と明言した。

 集団免疫ができていない状況で、世界各国から選手や観客を迎え、五輪を開催することが果たしてできるのか? 無観客で開催するにしても、選手のほとんどは元気な若者なので、たとえ感染していても無症状の者が多いだろう。

 たとえ入国時にPCR検査を義務づけても、検疫時には陰性だったのに、その後症状が出て検査すると陽性だったというケースが少なからず報告されている現状を見ると、世界各国から変異種を含めて多数のウイルスが持ち込まれる恐れがあることを覚悟しておかなければならない。

 第一、  欧米では日本以上に新型コロナウイルスの感染爆発が深刻な状況が続いている。アメリカでの死者数は現時点で38万人を超え、40万人に迫りつつある。これは、第二次世界大戦(1941〜1945年)の4年間におけるアメリカの戦死者数(29万1557人)よりも多い。

 イギリスでも、感染力が強い変異種が猛威をふるっており、ロンドンのカーン市長は、感染拡大が「制御不能」で、病院が対応できない恐れがあるとして、「重大インシデント」を宣言した。ジョンソン首相は新たに全面的なロックダウン(都市封鎖)措置を導入し、ワクチン接種を急いでいるが、それでも死者数はすでに8万人を超えた。

 こういう状況で、五輪のための予選や準備ができるのか? アメリカやイギリスなどの先進国でこのありさまなのだから、途上国はもっと大変なのではないか。PCR検査を実施するのに必要な設備も体制も不十分なせいで、感染者数や死者数に反映されていないだけなのではないかと危惧せずにはいられない。

菅首相の求心力、急速に低下の懸念

 したがって、菅首相の現状認識は甘すぎると思う。それだけでなく、目の前の現実をきちんと直視しようとせず、「五輪をやり切ることできたらいいのに」という願望を現実と混同しているようにも見える。これを精神医学では「幻想的願望充足」と呼ぶ。政治家は常に最悪の事態を想定し、その対策を講ずるべきなのに、「幻想的願望充足」にとらわれていて大丈夫なのだろうか。

 私が何よりも心配するのは、緊急事態宣言の発令と同様に、追い込まれて五輪の再延期もしくは中止の決断をせざるをえなくなるのではないかということである。緊急事態宣言は、小池百合子東京都知事をはじめとする一都三県の知事の要請によって出すことになったが、それと同じ事態になる可能性も十分考えられる。

 そうなれば、菅首相の対応はすべて後手に回っており、指導力も決断力もないという印象を国民に与えかねない。ルネサンス期のイタリアの政治思想家、マキアヴェッリは「国家の指導者たる者は、必要に迫られてやむをえず行なったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である」と述べた。たとえ“ふり”だけでも、国民にそう思わせることができなければ菅首相の求心力は急速に低下するだろう。

 もっとも、「自ら進んで選択した結果であるかのように思わせる」ためには、自分で責任を取るという覚悟がなければならない。その覚悟が菅首相にはあるのだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

塩野七生『マキアヴェッリ語録』新潮文庫 1992年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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