新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないなか、米製薬大手ファイザーとドイツのビオンテックが共同開発した新型コロナウイルスワクチンの接種が昨年12月14日(アメリカ現地時間)から始まった。日本でもワクチン接種を待ち望む声が日に日に高まる一方で、アメリカのあまりにも早い承認に懐疑的な声もある。ワクチン接種は任意だ。納得のいく選択をするためには、ワクチンを正しく理解することが不可欠となる。そこで、中山哲夫 北里大学 大村智記念研究所(旧北里生命科学研究所) ウイルス感染制御学研究室 Ⅱ 特任教授に聞く。
――中山先生は、2024年から新千円札の肖像となる“日本の細菌学の父”である北里柴三郎博士が設立された北里生命科学研究所の所長も務められた、ウイルス学の大家でいらっしゃいます。このたび、一般の方に向けて、コミック『感染症とワクチンについて専門家の父に聞いてみた』(KADOKAWA/娘さんの消化器外科医・漫画家さーたりさんとの共著)を発行され、たちまち重版になり話題を呼んでいます。一般の人は、ワクチンと言われてもわかるような、わからないような存在です。
中山 超ざっくりと説明しますね。病原体を敵とするならば、病原体から守ったり、やっつけてくれる防衛軍を誘導するのがワクチンと思っていただければ。一般の方には「ワクチン=予防接種」というと、イメージがつきやすいかもしれません。ワクチンには大きく分けて“不活化(ふかつか)ワクチン”と“生ワクチン”の2種類があります。
――どう違うのですか。
中山 不活化ワクチンとは、感染性がなくなったウイルスや成分からなるワクチンで、全身反応は少ない反面、値段が高く、効果が短いので複数回の接種が必要です。一方、生ワクチンは弱毒化した病原体そのものを軽く感染させるワクチンで、値段が安く、効果が長持ちするといった強いメリットはありますが、接種希望者の免疫が低下していると打てなかったり、体内で増加するため発熱したりします。こちらも複数回接種するものもあります。それぞれの特性を活かして、日本脳炎や破傷風などに不活化ワクチンを、BCGや風疹などに生ワクチンを接種しています。新型コロナウイルスワクチンには不活化ワクチンと生ワクチンの両方のタイプが開発されているようです。
――先生の著書には、ワクチンを接種しなかった場合の悲劇も紹介されています。例えば、風疹の二次被害です。妊娠1カ月で風疹に感染した母親からは50%の確率で、妊娠2カ月なら35%の確率で、新生児が先天性風疹症候群(CRS)として誕生しているとあります。
中山 CRSの3 大徴候は白内障、難聴、心臓の奇形です。心臓の奇形と白内障は妊娠3カ月以内の母親からの感染で発症しますが、難聴は妊娠3カ月以内に限らず、しかも高度難聴になるケースも少なくありません。それ以外にも、発育遅延、精神発達遅延、小眼球などさまざまな障害を持った子供が出生しています。
アメリカで大流行した関係で、日本では1964年~1965年の2年間に沖縄で408例のCRSが出生しています。近年でも2012年~2013年の流行に際して45人のCRSが出生しました。2018年~2019年にも風疹が流行し5人のCRSが出生しています。風疹患者の3分の2はワクチン未接種の男性で、1962年~1976年生まれの男性は風疹ワクチンの接種機会がなく、抗体を測定して陰性ならワクチン接種が無料でできます。
――著書によると2015年に日本は麻疹排除状態と認められたとありますから、もう心配ないのではないでしょうか。
中山 それは大きな誤解です。日本土着の麻疹ウイルスがなくなっただけで、根絶したわけではないからです。事実、海外から麻疹ウイルスが入ってきて、散発的に流行を起こしてきました。2018年には台湾からの観光客によって沖縄に麻疹が持ち込まれ、全国的に拡散する輸入感染が起こりました。またいつ麻疹が流行するかわかりません。今は、麻疹ワクチンと風疹ワクチンが一緒になったMRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)が開発されています。2回接種すればウイルスの感染を抑える抗体ができます。ワクチンを接種すれば病気を防ぎ、助かる命があることは、ぜひとも知っていただきたいですね。
――ワクチンを接種すれば、必ず予防ができ、軽症化できるのでしょうか。
中山 誤解していただきたくないのですが、1回の接種で抗体ができるタイプばかりではなく、生ワクチンでも複数回接種しなければならないワクチンもあります。本にも紹介しましたが、孫娘は水痘ワクチンを一度接種し、次の接種までの間に水痘に罹ってしまいました。水痘、ムンブス(おたふくかぜ)、ロタウイルスワクチンは生ワクチンですが、複数回の接種が必要です。不活化ワクチンは有効な感染防御レベルを維持するためには追加接種を忘れないようにしてください。
承認されるワクチンの条件
――改めて、ワクチンを接種するメリットを確認させてください。
中山 ワクチンの目的は感染の予防および重症化を予防することです。二次的には接種を希望する方の周囲に伝播するリスクを防止することにもなります。天然痘のようにワクチンによって地球上から根絶できた例もあります。個人の防衛の積み重ねが社会全体の疾病を抑制できることに加え、医療費の抑制にもつながります。
――新型コロナウイルスによって日本人は3000人以上、世界では死者180万人以上が亡くなっています。ワクチンを待望する声が高まっていますが、日本での新型コロナウイルスワクチンは、どんなものになりそうですか。
中山 製薬会社名で申し上げると、95%の効果が得られたとしてアメリカで昨年12月14日(現地時間)から接種が始まったファイザー、同じくアメリカのモデルナ、イギリス最大手の製薬会社アストラゼネカ、国内でいえば大阪大学と共同開発しているアンジェスなどが候補として挙がっています。昨年、ファイザー日本法人は10月20日から、アンジェスでは12月8日から治験を開始しました。また、塩野義製薬はスパイク蛋白を精製したウイルス様粒子(VLP)ワクチンを開発し接種試験が始まっています。モデルナは武田薬品工業が治験を担当しますが、こちらもほどなく実施予定のようです。
――承認されるワクチンの条件には、どんなことが求められるのでしょうか。
中山 安全性とともに免疫能(抗体)が持続して効果があるとされる期間です。こうしたことをいくつもの段階を経て検証していくのが治験です。日本の場合は、治験が終了すると、厚労省に申請して最終判断を仰ぎます。認められたら製造開始となり、医療機関などで接種をスタートします。接種後も、接種者に副反応などがあったり、あるいは効果がないとのデータがあれば、適宜、承認を見直すことになります。
――衆議院本会議では昨年11月10日に新型コロナウイルスのワクチンを国の全額負担で接種する体制を整備する予防接種法改正案が審議入りしました。菅義偉首相は「来年前半までにすべての国民に提供できる量を確保する」と表明しています。日本ではいつ頃、承認され、接種がスタートするのでしょうか。
中山 すでに治験が始まっているものもあり、早いものでは3月ぐらいに結果が出るかもしれません。国も新型コロナワクチンウイルスの承認は優先的に行うでしょうから、2月との見方もあります。
接種には科学的な判断が必要
――ワクチンが待望される一方で、気になるデータがあります。米国研究製薬工業協会の「ワクチンファクトブック2012」に、米国での許可取得から、日本における認可取得までの所要年数が紹介されています。それによると、平均して数年です。今回の治験は急ピッチで許可を出す印象が払拭できません。
中山 今回のファイザーワクチンの場合、世界的な感染防止のために製薬会社が総力を結集して治験が実施されたと思いますが、治験期間は約4カ月と非常に短い期間であったことは事実です。治験の最終段階であるⅢ相(そう)の臨床治験の結果では、55歳以上では接種部位の痛みが70%前後に認められ、全身症状は2回目の接種で倦怠感が51%、頭痛が39%に見られ、筋肉痛や関節痛も報告されています。
有効率95%ということは、ワクチンを受けないで罹った人の内で、ワクチンを受けていれば95%の人が罹らなくて済んだだろうという意味です。今後、日本でもワクチン接種がスタートしたら、接種後に少しでも変化があれば、「ワクチン接種とまったく関係ない」「些細なこと」と自己判断せずに、医療機関などに伝えていただきたいと思います。些細な情報のなかに、医学の進歩につながるヒントが潜んでいるかもしれないからです。
――新型コロナウイルスもインフルエンザウイルスも同じRNAという遺伝子情報を持ちます。インフルエンザワクチンを接種しても、インフルエンザに罹り症状が重くなったという事例もあります。新型コロナウイルスのワクチンでも同様のことが起こる可能性はあるのでしょうか。
中山 ゼロではないと考えます。ワクチンを接種した後で感染して重症化したような例があります。1960年頃にはワクチン接種後の免疫能は、まだはっきりとわかっておらず、バランスのとれた免疫ができずに感染して重くなるようなことがありました。最近ではデング熱ワクチンが海外で接種された後にデング熱に罹患し、重症化したことが報告されています。この原因が「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象です。
ワクチンが多くの人々を救ってきたことは紛れもない事実です。新型コロナウイルスワクチンは国の全額負担で接種する方向で体制を整えています。しかし、接種は自己判断に委ねられます。ワクチンに関しても「有効で、安全だから」「無料だから」「みんなが接種しているから」接種するのではなく、ワクチンのメリットと副反応、感染症のリスクと合併症のリスクなどの情報から自分で接種を受けるかどうかを、科学的に判断することが必要だとご理解いただきたいのです。娘とコミックで共著を出版したのも、こぼれ話などをふんだんに盛り込めば、感染症とワクチンをとっつきやすく理解していただき、自己判断の一助を担えればと思ったからです。
アナフィラキシー反応
――アレルギーのある方は、新型コロナワクチンを打っても大丈夫なのでしょうか。
中山 新型コロナのワクチンに限らず、ワクチン接種後にアナフィラキシー反応といって息苦しくなったり、まぶたや唇が腫れるアレルギー反応が報告されています。アメリカで報告されている頻度は27万接種あたり6例(10万接種で2.2例)です。アナフィラキシー反応は接種30分前後で起こります。「ワクチン接種して30分は様子をみましょう」というのはこうしたことがあるからで、医療機関では対処できるように準備されています。
1990年代に麻疹ワクチンをはじめとした生ワクチン接種後に10万接種に約2例の頻度でアナフィラキシー反応が認められました。2011年12年にはインフルエンザワクチンでアナフィラキシー反応が10万接種に1.4例の頻度で認められました。原因はワクチンの成分に対するIgE抗体というアレルギーに関連する抗体ができていたことです。その原因はそれまでアレルギー反応に関連するとは考えられていなかった成分でした。こうした原因が解明されてワクチンが改良され頻度は10万接種に0.1例以下となっています。
アナフィラキシー反応は対処できるものです。重要なことはその原因が何かということです。初めて何十万人という人たちに接種される新しいワクチンですから、その原因をはっきりさせることが必要です。
ワクチンを選ぶ基準
――新型コロナウイルスワクチンが複数承認されるとしたら、自分に合ったワクチンを選ぶ基準は何でしょうか。
中山 まずはファイザー社のワクチン、次いでモデルナ社、アストラゼネカ社のワクチンが認可されるかと思います。アナフィラキシーの原因も不明ですのでどのワクチンがという基準はわかりませんが、日本での臨床治験の結果と外国ですでに接種が始まっているワクチンの安全性情報を基準にします。
――安全性情報はどのように調べればよいでしょうか。
中山 製薬会社が治験の結果やワクチンの特性をHPなどで紹介すると思います。内容が専門的でよくわからない方は、製薬会社のコールセンターに確認するか、接種する医療機関に、どんなワクチンを接種予定しているのか、ワクチンの特性は何か、ご自身のアレルギーも含め、納得いくまで確認されるべきだと思います。接種後は、少しの変化であっても医療機関に報告してください。
また、ウイルスの変異株の出現も問題となっています。こうした情報は国立感染症研究所の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連情報ページに掲載されています(新型コロナウイルス(2019-nCoV)関連情報ページ (niid.go.jp))。
――ワクチンが開発・承認されたからといって、新型コロナウイルスを封じ込められるというわけではないのですね。
中山 新型コロナウイルスワクチンの歴史は始まったばかりで、まだはっきりわかっていないこともたくさんあります。免疫能の持続の調査もこれからですし、高齢者と医療従事者が対象となってワクチン接種が始まるかと思いますが、こうした人たちが感染を広げる感染源となっているわけではありません。コントロールには時間がかかると思います。それまでは「かからない、うつさない」ための感染防御対策が基本です。科学は信じることではなく、理解することです。ワクチンの有効性と安全性に関しては慎重に見守っていきたいと思っています。今一番必要なことは、正しく知って正しく恐れることに尽きるかもしれません。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
●中山哲夫(なかやま てつお)
1976年 慶應義塾大学医学部卒業。東京都済生会中央病院小児科、北里研究所ウイルス部、北里生命科学研究所所長を経て、北里大学 大村智記念研究所(旧北里生命科学研究所) ウイルス感染制御学研究室 Ⅱ 特任教授。
日本小児科学会小児科専門医、日本臨床ウイルス学会総務幹事、日本ワクチン学会理事、医学博士 専門はウイルス感染制御。
受賞歴は日本ワクチン学会高橋賞2018年「ワクチンの安全性に関する研究 -42歳からの基礎研究-」、2019年第43回多ヶ谷勇記念ワクチン研究イスクラ奨励賞「有効かつ安全なワクチン開発の研究」。
著書は「ワクチン ―基礎から臨床まで」(朝倉書店)ほか