本連載では、前回記事まで、全身の健康は口の健康が支え、口が健康であるためには良好な咀嚼システムを獲得することが大事であり、それは哺乳期から始まるということを述べました。
咀嚼システムは成長段階に応じて学習・発達していくものです。3歳を過ぎて乳歯が生えそろうと、食べ物を噛み砕いたり、すりつぶすための歯という道具を使いこなせるようになり、しっかり咀嚼という行為ができるようになります。この頃から本格的な咀嚼システムの発達段階に入るといえるでしょう。
そして、乳歯から永久歯への生え替わりの混合歯列期(6~15歳位)を経て、すべての永久歯が咬合する状態となり、以後成熟期を迎え、その後はゆるやかに衰退するという身体のどの部分とも共通した生物のたどる自然な流れに変わりはありません。
この間に、さまざまな咀嚼をはじめとする口の機能を経験し、その情報を基にその人オリジナルの咀嚼システムを構築し、修正を適応的に経て成熟させていくのです。
咀嚼システムのオリジナリティー
筆者が歯学部の学生だった約30年前は、咀嚼運動は咀嚼筋の中に存在する筋紡錘というセンサーが伸展されることによって起こる反射の連続であるという程度に考えられていました。
しかし現実にヒトが行う咀嚼は、無意識のうちに食べ物によって咀嚼の仕方を変えながらスムーズでリズミカルに行われており、この多様性を説明するには、画一的な反射の連続ということでは成り立ちません。
たとえば、自覚している人は少ないでしょうが、咀嚼するときにピーナッツは左側で、肉類は右側で食べるなど、食べ物に応じて決まった噛み方があるということがかなりの確率で起こり得ます。試しにポイッとピーナッツを口の中に放り込んでみてください。必ずといっていいほど、決まった歯でポリッと噛み砕きます。何回やっても意識して変えない限り、その位置に運びその歯で噛みます。これがあなたの咀嚼システムのオリジナリティーということになります。
つまり、人は胎生期から乳幼児期、幼少期の成長期とその後の成熟期を通して現在に至るまでの間の咀嚼に関するその人独自の経験の蓄積によって、このような咀嚼システムが獲得されたということです。