この経験を左右する要素は、感覚の入力系の状態(歯、舌、口腔粘膜、かみ合わせなど)や出力系の状態(筋肉状態、神経系の状態など)をはじめとし、さらには属する国、気候、風土などであり、このそれぞれに関する情報が咀嚼行動を通して入力され、その都度、入力された要素同士が相互に複雑に適応的に作用し合い、その結果をもれなく盛り込んだ、その人特有の咀嚼システムが形成、獲得されます。
だからこそ、ピーナッツを口の中に放り込んだときには、どの人も奥歯で噛み始めるという基本的機能運動形態は各人同じくする顎・口腔系ですが、どの奥歯で噛むかが違ってくるという細かい機能運動形態間では、決して小さくない差異が存在し、これが顎・口腔系における個人差といえるでしょう。
咀嚼システムとかみ合わせ
咀嚼システムを形成・構築する際に、そのよりどころとなる情報は咀嚼をはじめとする口の働きからもたらされ、それに応じたオリジナリティーを持つ咀嚼システムへ成熟していくことがおわかりいただけたと思います。
その咀嚼行為を行うときに最も重要なのが、どの歯がどのように噛み合っているかという情報を正確に脳が把握していることです。
カチカチと噛んだときに、一定の位置で安定した顎位(上下の顎の位置関係)が再現されること、これにより顎機能運動を始める際のスタートポイントが確立し、そこからさまざまな咀嚼運動を行い、そしてまた安定した顎の位置に戻るという咀嚼の基本的な行為となります。
つまり、常にこの歯がここに、このようにあり、そして動かしたときにはこのように擦り合うといった情報が、いつ何時もしっかりと歯が触れあうたびに脳へ送られる状況そのものが最も重要なのです。つまり、それは一本一本の歯そのものが単独の情報源として担うものではなく、歯列全体の上下の歯の接触情報の総体である「かみ合わせ」としての情報が、咀嚼システムの形成・構築に影響を与えているのです。
次回からは、顎・口腔系を発生学的な視点で考えていきたいと思います。
(文=林晋哉/歯科医師)