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北條元治「自分の家族を守るための医療の話」

「医者に従うと殺される」論がデタラメな理由…統計学を無視した、ただの属人的感情

文=北條元治/セルバンク代表取締役、医学博士
「医者に従うと殺される」論がデタラメな理由…統計学を無視した、ただの属人的感情の画像1「Thinkstock」より

 本連載第1回目の原稿を書いた後、早速、知人からこんなことを言われた。

「『病院に殺されないための心得』とか『がんは放置しておくべきで医者なんかにかかっちゃダメだ』とか、こういう類のアンチ医者本がいっぱい出版されているじゃないですか? 北條さんは『医者に盲目的に従ったほうが結局は得をする』と言い切っちゃっていましたね。でも、『医者の言うことに従うと殺されてしまう』という本とは真逆です。北條さんの言うことは本当ですか?」

 物事は個人の視点で眺めた場合と、全体を眺めた場合とでは大きく様相が異なってくる。この辺を理解しないと、取り返しのつかない過ちを犯す。医療の場合、患者の視点というのはもちろん大切で最も尊重すべきものである一方、大所高所から俯瞰する見方も必要だ。

 この見方を公衆衛生学という。統計学的手法を駆使し、疾病の原因や予防を究明しようとする学問であり、医師国家試験でも重要な位置を占めている。また、ほとんどの国の医療関連の委員会には医療統計学や公衆衛生学のエキスパートが招聘されていることからも、医療の質を論じる際、いかにこの統計学的考察が重要であるかが理解できるであろう。

 話を元に戻そう。私の言う「医者に盲目的に従ったほうが結局は得をする」とは、この統計学的な見解であり、「医者の言うことに従うと殺されてしまう」とは、医療過誤によって文字通り殺されてしまった患者遺族による極めて属人的な感情である。

 この原稿を書いている時点で、この属人的な患者感情と、統計学的な見解の対立から引き起こされたニュースが私に飛び込んできた。イギリスがEUを離脱するという大ニュースの陰で、この小さな医療ニュースはひっそりと報道された。

 それは、「子宮頸がんワクチンの副反応と考えられたしびれ、痛みなどと、このワクチン接種には明らかな因果関係は認められない」という見解(子宮頸がんワクチンの安全宣言)が、実質上撤回されたというニュースだった。

「医者に盲目的に従ったほうが結局は得をする」という統計学的な見解と、「医者の言うことに従うと殺されてしまう」という属人的な患者感情の対立が基本にあり、「医者の言うことに従うと殺されてしまう」という感情が勝利したというニュースとも見て取れる。

子宮頸がんワクチン

 子宮頸がんは、毎年約1万人の20~30代の女性が発症し、年間約3500人が死亡する。さらに、子宮頸がんは命が助かったとしても出産の機会が奪われてしまうこともある病気だ。そして子宮頸がんは、原因のわかっている数少ないがんでもある。原因がわかれば対策も立てられる。それが子宮頸がんワクチンであり、子宮頸がん発症前の健康な10代の女子を摂取対象とする。

 簡単にいうと、日本のすべての10代の女性(約560万人)にワクチンを接種した場合、重篤な副反応は0.75回(対10万回)、死亡は0.004回(同)である(厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、第1回~第4回、2013年)。従って、統計学的に考えれば、こう言いかえることができる。

「ワクチンを受けた10代(10歳~19歳が560万人)から確率的に3万5千人の死者が出る(年間3,500人が死亡する子宮頸がん×10年間)はずであり、その命を救う代償として、重篤な副反応が現れるのが42人。死亡は1人未満」

 この理屈は、まったくもって道理の通った理屈である。この理屈の前に「医者に殺される」という声は極めてセンチメンタルで、我々を納得させる意見にはなり得ない。もちろんこれは話を簡単にするため、すべての子宮頸がんがワクチンにより100%予防できるという荒っぽい話が前提になっている。

 しかしWHO(世界保健機関)は、日本の子宮頸がんワクチンに対する医療行政を名指しでこう批判している。

「日本政府は、子宮頸がんで失われる命を守るという義務を、エビデンスの非常に乏しい理由によって完全に放棄している」

 この非難に対し我々は慎重に耳を傾けるべきであろう。

受益者が見えにくい

 ワクチン医療は受益者が見えにくい医療として知られる。それはワクチン医療が健康体を対象とするからだ。自分はワクチンを打ったことによって病気にならなかったのか(受益したのか?)。それとも、ワクチンなど打たなくとも病気にはならなかったのか? これは永遠にわからない。神のみぞ知るである。つまり、「自分はワクチンを接種したから死なずに済んだ。ありがとう、ワクチン。ありがとう、摂取してくださったお医者さん」とリアルに考える人(受益者)は、存在しない。

 逆に厄介なことに、ワクチンの副反応が起こった場合、その不利益をリアルに認識し騒ぎ出す人が出現する。「自分はワクチンを接種したからこんな目に遭った! 医者に殺されかけた!」と。

 だから、私が言うように「医者に盲目的に従ったほうが結局は得をする」のが大局的な見解であり、一般的には正しい見解と呼ばれる。しかし同時に、「医者の言うことに従うと殺されてしまう」という声が上がる素地もあることを認識しなければならない。ただ、最も重要なのは、決して「医者の言うことに従うと殺されてしまう」という感情が、正しい意見を圧殺するようなことがあってはならない。

平均寿命の延びが示す真実

 話は変わるが、もし「病院に殺される」が真実ならば、そして今の医者が本当に長生きできる人の命を縮めているのが真実なのであれば、どんどんわが国の平均寿命が縮まっていくはずである。しかし、それとは逆に日本の平均寿命は年々延びてゆき、15年は83.7歳と世界第1位を維持した。そして今でも着実に日本の平均寿命は延びている。この要因は、もちろん住環境の整備や個人の健康意識への高まりなどもあろうが、住環境や気合(健康意識への高まり)だけで、生命の寿命が延びることはありえない。そこにはメディシン(医者、薬)の介在が最も大きい。

 最後に、イギリスがEU離脱を決定した。イギリスはEUを離脱したら不利なことのほうが多く有利なことはほとんどないことは、誰の目にも明らかだった。しかしイギリスはEU離脱を決定した。イギリス人は頭(理性)では理解しても、腹(感情・感覚)では納得しない人が多い。そういうコラムがあった。日本人だって、イギリス人の決断を感情的だと見下すことはできない。
(文=北條元治/セルバンク代表取締役、医学博士)

北條元治/セルバンク代表取締役、医学博士

北條元治/セルバンク代表取締役、医学博士

株式会社セルバンク代表取締役、東海大学医学部非常勤講師、形成外科医(1999年、専門医取得。更新せず失効)、医学博士。

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北條元治 | 形成外科医・肌の再生医療の専門家

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