抗がん剤の効果が疑問視されるようになっているなか、注目すべき調査結果が発表された。6月9日付読売新聞記事によると、大森赤十字病院(東京都大田区)の佐々木慎・外科部長は、このほど「自分が進行がん患者だったら抗がん剤治療を受けるか」というアンケート調査を医師53人と薬剤師29人(計82人)に行い、その回答を得た。
質問は自分が「胃がん患者」になったという前提で回答するもので、抗がん剤治療を「受けたくない」「限定的なら受けても良い」と消極的な回答をしたのは、ほぼ4人に1人の21人。その理由としては、「根治しない」「時間が無駄」「延命を望まない」「副作用がつらい」だった。
最近のメディアの流行なのか、「医師ならどうする?」といった企画を目にすることが多いが、この調査結果をどう見るかは、意見が分かれるところだろう。
「4人に1人が否定的」といっても、調査対象の医師は1人を除いて自分の患者に抗がん剤治療を勧めているので、「意外に多い」といえるかもしれない。
現在の日本では、抗がん剤治療はがん治療のひとつの柱として日常的に行われている。進行がんの場合、手術で病巣が取りきれなかったり、手遅れだったり、転移していたりした場合は、ほぼ例外なく抗がん剤治療が行われる。また、手術で病巣を取りきっても、転移を叩くために抗がん剤が使われる。もちろん、抗がん剤単独の治療もあるが、放射線治療などと併用されることも多い。
このアンケートは胃がんを想定しているが、胃の進行がんの場合は、ほとんどのケースで手術と併せて抗がん剤治療が行われている。
抗がん剤治療の効果
しかし、抗がん剤治療の効果は非常に疑わしい。白血病や悪性リンパ腫など一部の血液がんを除き、多くの場合、あくまで延命効果しかない。つまり、がんの進行は止まらないばかりか、副作用が強すぎて、かえって体を壊してしまったりする。
抗がん剤を、がん細胞を殺すクスリと思っている人は多い。一般の方はとくにそうだ。しかし、がん細胞ばかりか良い細胞も殺してしまうので、メリットよりデメリットのほうが大きい。つまり、「延命」というより「縮命」(命を縮める)効果も強いのである。
ただし、「抗がん剤は効果があるのか? ないのか?」に関する広範な調査は、日本では行われたことがないので、医師は疑問を感じながらも使い続けている。もちろん、医療ビジネスにとって抗がん剤はドル箱のひとつなので、このような調査には非協力的だ。
国立がん研究センターは2007~08年に同中央病院を受診した患者のデータから、抗がん剤使用の有無による効果の差を調べたことがある。その結果、進行した肺がんで、74歳以下では抗がん剤によって生存期間が伸びたのに対し、75歳以上では大きな差はなかった。ただし、75歳以上で分析できたのは19人と少なかったので、汎用的な科学的データとはいえない。
しかし、多くの医師は経験からいって、高齢者の進行がんに抗がん剤は無駄と知っている。延命効果はないうえ、患者を苦しめるだけだと知っている。すでに、日本以外の先進国では、高齢者のがん治療は「延命治療」ではなく「緩和医療」に移っている。がんを患った患者さんをいかに穏やかな死に導くかが、終末期治療の最大のテーマになっている。
ところが日本では、医師は患者さんの家族に対し、「もう穏やかに死なせてあげてください」などととても言えない。メディアもまた、最後の最後まで「できる限りの治療」をすることを求める。「高齢者は早く死ねばいいのか」「人の命を医師の判断で終わらせていいのか」などというキャンペーンをはる。
このような偽善、“エセ”ヒューマニズムがある限り、無駄な抗がん剤治療はまだ続くだろう。
(文=富家孝/医師、ジャーナリスト)