医学部入試における男女差別が社会の関心を集めている。今夏、東京医科大学の不正入試が発覚して以降、不祥事が続出した。11月22日には神戸大学で、奨学金と引き換えに、卒業後9年間を県内の医師不足地域で勤務することが義務づけられている地域枠で、へき地出身者に最高で25点(入試は1200点満点)も加点されていたことが明らかとなった。神戸大学は同日に記者会見を開いたが、地域枠の定員は10人で、今年は38人が応募したという。当落線上の受験生にとって大きかっただろう。神戸大学は来春以降、この優遇措置を止める。
来年度の医学部受験は、これまでとは大きく変わりそうだ。入試シーズンが迫り、医学部を目指す受験生は気が気ではないだろう。では、医学部受験はどうなるだろうか。もちろん、男女差別はなくなり、卒業生の子弟やへき地出身者への優遇措置はなくなるだろう。果たして、これでよくなるだろうか。私は、そうは思わない。それは、世論の反発を受けて、「不正入試」をやめても、医学部のガバナンスは何も変わらないからだ。それを象徴するのが、11月16日、全国医学部長病院長会議が開いた記者会見だ。
東京新聞は「性別や浪人年数、年齢といった属性により、医学部入試の合否判定で扱いに差をつけることは認められないとする規範を公表した。強制力はないが、これに反する行為が判明した場合は同会議からの除名を含む処分の対象にし、来春の新入生を対象とした入試から適用するとした」と報じた。
前出の神戸大学の記者会見は、全国医学部長病院長会議の記者会見の1週間後に開かれており、後者が圧力となった可能性が高い。ただ、私は前出の東京新聞の記事を読み、この記者会見こそ、医学部のガバナンスの欠如を象徴していると感じた。
決定プロセスへの疑問
違和感を抱いたのは以下の3点だ。
第一は、記者会見の主体である全国医学部長病院長会議とは何かということだ。
そのホームページには、「全国における国公私立大学医科大学長、医学部長又は附属病院長を会員として、医育機関共通の教育、研究、診療の諸問題及びこれに関聨する重要事項について協議し、相互の理解を深めるとともに意見の統一をはかり、わが国における医学並びに医療の改善向上に資することを目的」とすると明記されている。今回も「意見の統一」をして、その結果を記者会見したのだろう。
ただ、これは異様だ。大学の意志決定機関は理事会である。当然だが、受験対応は理事会マターである。単科の医科大学では、医学部長が理事会を仕切っていることもあろうが、総合大学は違う。医学部長だけで医学部受験のやり方はきめられない。
東京大学では、医学部長は理事会のメンバーですらない。また、東京大学の受験生は一旦、教養学部に入学するため、入試対応は教養学部の教員が中心となる。医学部長が独断で理科三類の入試のあり方を変えることはできない。理科一類と工学部、理科二類と理学部、農学部などの関係を考えれば、ご理解いただけるだろう。
いったい、医学部長たちはどのような議論を経て、今回の声明に名を連ねたのだろうか。それぞれ所属する組織で議論し、機関決定したのだろうか。学問と組織運営は違う。学問は大いに自由に議論すべきだが、組織決定は所定の手続きを経なければならない。大学という組織の中間管理職にすぎない医学部長が、個人の資格で徒党を組んで、外部に発表することは、まともな大人のやることではない。
医学部のガバナンス改革が急務
第二は、なぜ、女性差別について、国立大学を調査しないかだ。医学部入試では、国公立大でも男女の合格率に大きな差があったことが知られている。ハフィントンポストによると、2018年度の入試で、女子の合格率が男子の半分以下だった大学が6つ存在し、このうち3つは国立(山梨、岐阜、新潟大学)だった。この数字は異様だ。多くの読者は、女性受験生差別があったと考えるだろう。
また、今回の記者会見には、2人の山形大学関係者が出席した。山下英俊・医学部長と嘉山孝正・山形大医学部参与だ。10月19日に河北新報は、以下のように報じている。
「山形大医学部の男女の合格率格差は過去6年間の平均で1.29倍と東北の国公立大医学部の中で最大だった。単年度では2015年度に女子の合格率がわずかに上回り0.95倍となったが、13年度には全国79国公私立大で最大の1.99倍となっていた。」
山下氏、嘉山氏がまずやるべきは、自らが所属する大学を調査し、その結果を公表することだ。第三者による調査が望ましい。そして、他の大学にも検証を呼び掛けることだ。
このような背景を知ると、彼らの動きの見え方も変わる。知人の全国紙の記者は「(山下氏、嘉山氏は)今回の記者会見で、この件は解決済みにしたいのでしょう」と批判する。もちろん、問題を指摘された他の国立大学も同様だ。全国医学部長病院長会議は、なぜ自主的に調査しないのだろうか。
第3の疑問は、記者会見で説明した嘉山氏だ。嘉山氏は山形大医学部参与だ。医学部長ではない。彼が医学部長を務めたのは2010年までだ。なぜ、このような人物が会見するのだろうか。私は嘉山氏とは旧知だ。実力・実績ともに申し分ない。現在も山形大学や全国医学部長病院長会議を仕切っているのは医学界で有名だ。もし、嘉山氏に意見があるなら、彼個人が自分の意見として発表すればいい。全国医学部長病院長会議のような「肩書」に頼る必要はない。
このような背景を知ると、全国医学部長病院長会議の実態がわかる。特定の人物が組織の権威をかたり、自らの意見を訴えているだけだ。大した議論をすることなく、声の大きいものの意見が通る。これこそ、医学部や大学教授が仕切る医学界が抱える問題だ。
組織のガバナンスとは、リーダーがダメな時に、被害を最小限に食い止めるためのものだ。だからこそ、手続きが大切なのだ。ところが、医学部では一部の人間が正式な機関決定を経ず、徒党を組んで決めてしまい、それを記者会見まで開いて世間に訴える。この滑稽さをメディアも報じない。11月21日付日経新聞は社説で「医学部の入試指針を順守せよ」と掲載し、嘉山氏たちの主張を支持した。
こうして時代錯誤の男女差別が続いてきた。いまこそ、医学部および医学界のガバナンスを考え直すべきときだ。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)