東京医科大学(以下、東京医大)の不正入学疑惑が世間を騒がせている。続々と新事実が出てくる。7月14日には不正入学者のリストが存在し、毎年10名程度が不正に入学していたことが判明した。東京医大の評判は地に落ちた。
今回の事件を会社員の知人と話したとき、「あんなのは、みなやっているんでしょ。製薬企業との癒着もひどいし、研究不正も日常化している。“お医者様”の感覚は世間とはずれていると思うよ」と言われた。おそらく、世間が医師に対して抱くイメージは、こんなところだろう。
我が国の医療が発展するには、社会の信頼が不可欠だ。そのためには、今のままではダメだ。正確な情報を社会と共有し、前向きな議論を積み重ねなければならない。
私が主宰する医療ガバナンス研究所は昨年からワセダクロニクルと共同で、製薬企業から医師に支払われる金について調査を進めている。具体的には製薬企業の業界団体である「日本製薬工業協会(製薬協)」に加盟する71社が、2016年に医師個人に支払った講師謝金、コンサルタント料、原稿料(製薬業界では、このような費用を「C項目」と呼ぶ)を調べている。
この調査を中心になって進めたのは、ワセダクロニクルの渡辺周氏と、当研究所の尾崎章彦医師だ。情報開示に消極的な製薬企業と彼らの格闘については拙文をお読みいただきたい。
現在、彼らが中心となってつくり上げたデータベースを用いて、解析を進めている。その結果は、我々の想像を超えていた。本稿では、その一部をご紹介したい。
まずは、名門国立大学の状況だ。分析したのは旧7帝大(北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州大学)および旧官立6医科大学(新潟、千葉、金沢、岡山、長崎、熊本大学)の13校だ。
この13大学は運営費交付金の受給額ランキングの上位を占める。17年度、このうちもっとも少なかったのは熊本大学で18位、145億円だった。熊本大学より上位にランキングしたのは、旧7帝大と旧官立6医科大学以外には筑波大学、広島大学、東京工業大学、神戸大学、鹿児島大学だ。鹿児島大を除き、戦前から存在する官立大学だ(鹿児島大は旧制第七高等学校)。戦前の官立大学から、戦後に国立大学に移行したのは18校で、残りは一橋大だ。理系学部がないため、運営費交付金は60億円と少ない。全86大学中50位だ。
このような事実を知ると、今回、調査対象とした13大学の医学部は、日本を代表する存在で、明治以来、膨大な税金が投入されてきたことが、おわかりいただけるだろう。
アルバイトと論文の生産性の関係
話を戻そう。13大学の教授で、製薬企業からの支払が多かった医師のランキングを表1に示す。
トップは横手幸太郎・千葉大学教授(内科、代謝・内分泌)で2,000万円。年間に155件の講演やコンサルタント業務などをこなしていた。筆者の母校である東京大学からは、秋下雅弘教授(7位、内科、老年病)、門脇孝教授(9位、内科、代謝内分泌)、南学正臣教授(10位、内科、腎臓)、小室一成教授(17位、内科、循環器)の4人がランキングしていた。
彼らの受け取った金額と、講演会やコンサルタント業務などの回数は秋下氏が1,141万円で71回、門脇氏が1,126万円で83回、南学氏が1,108万円で74回、小室氏が920万円で59回だった。
東京大学を含め、多くの国立大学法人の職員は「みなし公務員」だ。兼業を規制する内規がある。東京大学医学系研究科・医学部の場合、次のように明記されている。
「当該年度1年間におけるすべての兼業(短期兼業を含む。)の報酬総額(見込み額を含む。)は、当該教職員の前年1月から12月までにおける本学の給与総額(前年の途中で採用された者又は新たに採用された者については、当該年の見込み額)を超えてはならない」
今回の調査で、トップ20人が所属する大学は多い順に東大(4人)、九州大(4人)、長崎大(3人)、大阪大(3人)だ。
これらの大学の生産性はどうなっているだろう。私たちは大学医学部の臨床論文の生産性を調査したことがある。09~12年の間にアメリカ医学図書館のデータベース(PUBMED)に掲載された「コア・クリニカル・ジャーナル」に分類される論文数を、各大学に所属する医師数で割った数字を比較した。結果を表2に示す。
おそらく、結果は皆さんの予想とは違うだろう。トップは京都大で48.6、ついで名古屋大41.1、大阪大39.4、金沢大 36.9、東大34.1と続く。前出の製薬企業から受け取った金が多いトップ20に、京都大、金沢大からは誰もランクインしておらず、名古屋大学も1人だ。臨床論文の生産性が高い大学は、教授が製薬企業のアルバイトにあまり時間を割かない傾向があるようだ。
私立医学部の教授と製薬企業
では、私立大学はどうだろうか。結果を表3に示す。
トップは川崎医科大の加来浩平教授で2,704万円だった。講演会やコンサルタント業務などを152回こなしていた。トップ20人のうち、2人が年間に2,000万円以上、16人が1,500万円以上を受け取っていた。14人が年間に100回以上の講演会やコンサルタント業務をこなしていた。
特記すべきは、20人中17人が内科教授だったことだ。これは国立大学とも共通の傾向だ。内科は高額な新薬を使うため、製薬企業との接点も増える。製薬企業の「宣伝塔」になりやすい傾向があるのだろう。内科の特殊な状況を考慮したとしても、こんなことで診療・教育・研究の業務が遂行できるのだろうか。
私が驚いたのは、現職の病院長がランクインしていたことだ。14位の竹内勤氏だ。17年7月まで慶應義塾大学病院の病院長だった。病院長は多忙だ。ところが、病院長在任中の18年度に製薬企業の講演やコンサルタントを91回もこなし、1,557万円を受け取っていた。
慶應義塾大学病院はわが国を代表する名門病院だ。ところが最近、医療事故などの不祥事で何度かメディアを賑わせた。
私がもう一つ関心を抱いたのは、トップ20人中18人が関東の私大病院の教授だったことだ。わが国には31の私大医学部が存在し、このうち関東に位置するのは18だから、他地域と比較して、関東地方の私大医学部の教授は製薬企業との結びつきが強いことになる。
武田薬品工業をはじめ、多くの製薬企業は大阪の道修町出身だ。歴史的経緯を考えれば、近畿地方の私大病院の教授を使ってよさそうだ。ところが実態は違った。
診療が二の次になる大学病院
私は首都圏の医療崩壊の影響が出ていると考えている。医療費を抑制したい政府は、診療報酬を引き下げてきた。わが国の診療報酬は全国一律だから、引き下げが続けば、最初に破綻するのは固定費が高い首都圏だ。特に、選択と集中ができず、患者の数が少なく不採算部門である小児科や産科などを維持しなければならない総合病院は採算性が悪くなる。
首都圏の総合病院の多くは私大病院だ。東京女子医大、日本医大をはじめ、多くの首都圏の私大病院が慢性的な赤字に悩んでいる。首都圏の病院の特徴は、経営は悪いが、医者はいっぱいいることだ。一方、看護師は少ない。首都圏の医療機関は看護師争奪戦を繰り広げる。給与水準も高くなる。
少し古くなるが、各都道府県の人口当たりの看護師数と看護師の給与の関係をご紹介しよう(図1)。看護師の多い九州と比較して、首都圏の看護師の給与は2割程度高い。
しわ寄せは医師にいく。東京は看護師は少ないが、医師は多い。いまだに「大学教授」や「大学病院」に憧れる医師が多いからだ。ただ、実態は悲惨だ。知人の50代の私大医学部教授は「年収は1,000万円以下」という。週末は当直をこなし、製薬企業から声がかかれば、どこでもでかけていく。生活するためにはアルバイトに精を出さねばならない。
この結果、大学病院での診療は二の次になる。東京の私大病院で准教授を務める友人は「病棟は昼間は無医村になることもある」という。これで医療事故が起こらないほうがおかしい。筆者は、これが東京女子医大など首都圏の私大病院で医療事故が続く原因だと考えている。
貧すれば鈍する。経営陣も状況は同じだ。医療関係者のなかで、東京医大の財務状況は順天堂、慈恵医科、杏林、昭和大学などと並んで良好であることが知られている。筆者は、この東京医大でさえ、3,500万円の補助金と引き換えに裏口入学を受け入れていたことに驚いた。露見した場合のリスクを考えれば、割に合わない対応だ。
東京医大の経営陣は、リスクを負ってまで官にすがりたかったのだろうか。それとも、例年10人程度を不正に入学させていたというから、寄附金集めの一環と考えていたのだろうか。
東京医大の17年度の決算で、総収入は約1482億円。うち寄附金収入は約16億円。不正入学者一人あたり3,500万円の寄附金を受領していたら、年間に3.5億円の収入になる。病院経営に大きく貢献したことだろう。東京医大の経営陣が、どのように考え、不正入試を続けてきたか、筆者にはわからない。今後、司法の場で明らかになるのを待つしかない。
首都圏の医療は私大医学部によって支えられている。その崩壊はダイレクトに市民の生活に影響する。今回の東京医大の事件を、単なるスキャンダルで済ませてはならない。我々がやるべき、首都圏の私大病院が置かれた状況を社会でシェアし、広く議論することだ。東京医大の不祥事が、そのきっかけになればと思う。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)