昨年5月に神戸市東灘区の甲南医療センターで専攻医、高島晨伍さん(26)が過労自殺した問題。同センターが原因調査のために設置した第三者委員会の報告書を遺族に開示せず、また今月17日に行った記者会見で具英成院長が「病院として過重な労働をさせた認識はまったくない」と発言したことが波紋を呼んでいる。高島さんは死亡前1カ月の残業時間が207時間におよび、亡くなるまでの3カ月間は休日がなく、精神障害を発症したことが自殺の原因として労働基準監督署のよって労災が認定されているが、病院側は「出勤している時間すべてが労働時間ではなく、自己研さんや休憩も含まれる」として過重労働の指示を否定。高島さんが亡くなった前月の時間外労働時間の申告は30時間30分だったと説明している。若い研修医や専攻医の過労自殺が相次いでおり、医師の長時間労働に依存する病院経営のあり方が問われている。
「専攻医」とは従来の「後期研修医」に代わるものとして、2018年の新専門医制度の開始に伴い導入されたもの。それまで、医師は医師国家試験の合格後2年間は研修医として初期臨床研修、その後3~5年間は後期研修医として専門研修プログラムに登録していたが、新専門医制度の開始によって後期研修医が専攻医に呼称が変わった。
「初期臨床研修は医師になるために必ず受けなければならないと法律で定められているが、専攻医はあくまで専門医になるために専門の研修を受けるという位置づけで、制度上は専攻医を経なくても臨床医になれるが、ほとんどの医師は初期臨床研修を終えると専攻医に登録する。実際に自分の患者を持つので、初期臨床研修のときより責任はぐっと重くなるが、現場では事実上の研修医といっていい位置づけ。早朝・深夜・土日におよぶ長時間労働に加えて、専門領域の勉強や学会の準備などもあり、非常につらい時期だが、先輩の医師たちは誰もが通ってきた道なので『つらくて当たり前』という認識しか持たれない。また、医師の世界は現場で必要となるさまざまなスキルを各専門領域の先輩・上司から教わらなければならず、いまだに徒弟制度的な風潮が根強いので、学会の準備などを指示されれば断ることはできない」(勤務医)
病院側「常識的な残業申請をするように」
高島さんは2020年に同センターの研修医となり、22年から専攻医として働いていたが、前述のとおり長時間労働を強いられ、17日付読売新聞記事によれば、毎日朝5時半に起床して出勤し、深夜11時に帰宅し、土日も働いていたという。同センター側は過重労働の存在を否定し、「自殺の原因はわからない」としているが、高島さんの遺族は18日に行った会見で、高島さんが生前に「『コロナで病院の収益が減った。常識的な残業申請をするように。若い頃から経験より金を取るのは駄目だ』と(同センターから)言われた」と話していたと語った。
「医師や看護師の長時間のサービス残業を前提として経営が成り立っている病院は多い。このセンター側としては、もし今回亡くなられた専攻医への長時間労働の指示があったことを認めてしまうと、今いる医師や看護師すべてに適正な残業代を支払わなければならなくなり経営が立ち行かなるという思いがあり、絶対に非を認めるわけにはいかないのだろう」
研修医・専攻医の過労自殺はなくならない。労災認定されている事案だけでも、15年には東京都内の総合病院で30代(当時)の研修医が、16年には新潟市民病院で37歳の研修医が過労自殺している。
過労死ラインを上回る時間外労働の上限規制
医師の長時間労働が社会問題となるなか、24年4月からは勤務医にも時間外労働の上限規制が適用される。年960時間・月間100時間までとなるが、これは一般労働者の年720時間を上回っており、さらに地域の医療提供体制を維持するためにやむを得ない場合は年1860時間・1カ月平均で155時間という特例が認められる。また、研修医らも特例で同じ上限時間となり、過労死ラインとされる月80時間を大きく上回る時間外労働が法律で認められることになる。
医師で特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏はいう。
「専攻医の過労死は、現在の医療界の構造的な問題を反映している。まず、病院の経営難が挙げられる。医療費抑制が続く我が国では、病院経営は厳しい状況にある。病院は、医師の医療行為に対する診療報酬から収入を得るため、文句を言わずに、安い給料で、一生懸命に働く若手医師は、病院にとって貴重な存在だ。医学部卒業後の2年間は、初期研修医としての立場が法的に保障されている。しかし、その後の研修期間は、専門医資格を得るために自らが希望する『修業』の時期である。この期間は有期雇用で、院内での立場は弱い。多くの場合、給料も低いため、生計を立てるため、休日にアルバイトに勤しむことになる。これまで、コスト抑制の影響は、この後期研修医が受けてきた。
次に、勤務医の立場に関する問題がある。医師はギリシャやローマ時代からの古典的プロフェッショナルだ。弁護士と同じく、自らが提供するサービスに対して、健康保険を介するにせよ、客(患者)から報酬を受け取る形式をとっている。クライアント(患者)を最優先した自己規律や継続的な自己研鑽が求められる。
基本的に医師は個人事業者としての性格が強く、弁護士事務所などのパートナー制を形成するのが適している。修業時代は先輩の下で学び、やがて独立する。どの程度働き、どの程度研鑽するかは個人の裁量に任されている。我が国の問題は、医師が病院に勤務する単なる『労働者』として扱われていることだ。学会発表や研究活動に関する議論は、それが業務なのかプライベートなのかなどの形式論に終始してしまう。本来、診療も学会活動もプロフェッショナルとしての責務だ。本質的に、医師は単なる病院の従業員でない。雇用契約よりも、独立事業者として業務委託契約を結ぶ形が適している。これは、古くからの医師の働き方の意識に基づいている」
(文=Business Journal編集部、協力=上昌広/医師、医療ガバナンス研究所理事長)