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聖路加病院、賃金未払い発覚でボーナス遅配…労基署、「聖域」病院の長時間労働を一斉摘発

文=兜森衛
聖路加病院、賃金未払い発覚でボーナス遅配…労基署、「聖域」病院の長時間労働を一斉摘発の画像1聖路加病院(「wikipedia」より)

 昨年12月に発表された「2017年ブラック企業大賞」の「大賞」は引越社だったが、「業界賞」は意外な“企業”の受賞となった。

 それは新潟市民病院だ。受賞理由は以下の通り。

「貴院は2016年1月、当時37歳だった研修医を過労自殺に追いやりました。研修医が亡くなる前の残業時間は月平均で過労死ラインの二倍に相当する187時間、最大で251時間に及び、これは本年のノミネート企業中最多です(以下略)」

 新潟市民病院は1973年に設立され、「人間性豊かな医療人の育成をめざします」「患者さんに信頼される、ぬくもりのある医療をめざします」とうたう、市民のための公立総合病院である。この病院で後期研修中だった研修医の木元文さんは2016年1月24日夜、自宅近くの公園でアルコールとともに睡眠薬を飲み、低体温症で死亡した。

 電通の高橋まつりさんの自殺からちょうど2カ月後のことだった。自殺前、家族に「人に会いたくない」「病院に行きたくない」「気力がない」などと語っており、警察により自殺と断定された。遺族は6月、自殺は長時間労働による過労が原因として新潟労働基準監督署に労災を申請。17年3月、労災と認定された。

 申請から認定まで9カ月半を要したのは、木元さんの労働時間の把握に時間がかかったためだ。同病院は残業時間を最大で月80時間以内とする「36協定」を結んでいたが、電子カルテの操作記録などを調べた結果、時間外労働時間は15年8月には最長251時間にも達し、同月を含め4カ月連続で200時間を超える過酷な労働の実態が明らかになった。

 新潟市民病院は、労使協定の上限を超える残業があったとして、09年にも新潟労働基準監督署から是正勧告を受けた札付きの“ブラック病院”だ。同病院は木元さんの自殺後、新たに労使協定を改定したが、改訂内容はこれまで最大月80時間だった残業時間を、最大月100時間まで残業できるように逆に上限を引き上げた。事実上の“是正拒否”で、遺族感情を逆なでするものだった。

ずさんだった医師の勤務時間管理を改革

 昨年3月、政府は電通過労自殺事件を受けて、「働き方改革実行計画」を発表。労使が合意した場合でも、特例として時間外労働は月100時間、年間720時間とする上限付き罰則規定を労基法改正案に盛り込んだが、医師については5年間、その適用が猶予されている。医師不足のなかで、時間外労働に歯止めをかけると医療が成り立たなくなるからだ。

 政府の「働き方改革実行計画」の発表を受けて、日本医師会の横倉義武会長も定例記者会見で「医師の雇用を労働基準法で規律することが妥当なのか。勤務時間の規制に抵触しようと、目の前の患者さんを救ってほしいというのが多くの国民と医療者の思いだ。新たに厚労省に設置される検討会でも、日医が議論をリードしていきたい」と述べた。

 実際に弊害も出ている。聖路加国際病院が昨年6月から、勤務医の長時間労働を抑制するため、土曜日の外来診療科目を34から14に減らした。15年6月に東京・中央労基署の立ち入り調査を受け、勤務医の残業時間が月平均95時間に達しており、夜間や休日の時間外割増賃金も未払いだったとして是正勧告を受けたためだ。

 同病院は過去2年間にさかのぼり、総額十数億円の未払い賃金を医師らに支払ったが、それが病院経営を直撃した。夏のボーナス支給が初めて遅配になったのである。土曜日の外来縮小も是正勧告に従うためで、病院関係者の間に激震が走ったとされる。ジャーナリストの溝上憲文氏は次のように語る。

「いま政府は働き方改革で、36協定を結んでいても、残業時間に罰則付きで上限を設けようとしています。しかし、医師は患者の診療を断れないという『応召義務』があることから、医師に限ってはその改正の適用を5年間猶予することになっています。聖路加は是正勧告で未払いの割増賃金を一気に払わされて、それが経営に大きなダメージを与えた。

 大学病院や大きな総合病院は労働時間管理がずさん。もともとそういう組織的な体質が前提にある。だから、病院は労基署がやろうと思えばいつでも摘発できる存在だったのです。最近、大きな病院に労基署が入り、是正勧告が相次いで出されているのは、これまで敢えて臨検や立ち入り調査をしてこなかった病院を、これ以上放っておけなくなったからです。

 その背景にあるのは、医師が高年収だということです。これまで、たとえば外資系の社員などの場合、管理職でなくても、年収1500万円以上とかなら、長時間労働を労基署は見逃してきた。裁量権があるのでつつかないという暗黙の容認があった。それが、許されなくなった。昨年7月に最高裁の判決が出たからです。

 この最高裁の判決の影響が大きかったですね。今までは労基署も“なあなあ”で認めていた高年収の医師の長時間労働に関して、未払い残業代も含めて的確に調べるべきだと、それが行政側にも浸透して、徹底的に調査するようになった。結果的に多くの病院が労基署の是正勧告を受けているのでしょう」

 その判決とは、神奈川県内の民間病院に勤務していた40代の男性医師が、未払いの時間外手当の支払いなどを求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)が昨年7月7日、時間外手当は年俸1700万円に含まれるとした一審、二審判決を破棄し、東京高裁に差し戻した判決のことを指す。

 最高裁は「雇用契約では時間外手当を1700万円の年俸に含むとの合意があった」と認めながら、同時に「どの部分が時間外手当に当たるかが明らかになっておらず、時間外手当が支払われたとはいえない」と判断したのである。

置き去りにされる医師の長時間労働

 下の表は、昨年1年間に労基署が調査に入り、是正勧告や改善指導が出された病院の一覧だ。36協定を結ばずに長時間労働させていた病院、36協定を結んだ上で特例として長時間残業を定めていた病院などまちまち。是正勧告の内容も、長時間労働だけでなく、未払いの残業代の支払いにまで及んでいることが見て取れる。

聖路加病院、賃金未払い発覚でボーナス遅配…労基署、「聖域」病院の長時間労働を一斉摘発の画像2

 厚生労働省も労基署を動かして取り締まるだけでなく、都道府県を通じた問題解決にも動き出している。

「報道等でさまざまな医療機関に労基署が入って、是正勧告や改善指導が行われているのは確かです。医師が特に他の業種と比べても時間外の長時間労働をしているという実体はすでにデータとしてあるので、たとえばこの上限が5年後に医師にも適用されたとき、今から対応しておかないと、医療機関はいきなり違法状態になってしまいます。そういうわけにはいかないので、昨年7月、都道府県に設置されている医療勤務環境改善支援センターに、問題のある病院に積極的に関与して、長時間労働の是正等、勤務環境の改善をお願いしたところです」(厚労省医政局医療経営支援課)

 同時に、厚労省内に「医師の働き方改革に関する検討会」を立ち上げ、18年度末までに結論を出すことになっている。検討会はこれまでに6回開催されており、医師の出退勤時間の客観的な把握、タスク・シフティング(業務移管)など、論点となるおおまかな骨子案がようやくまとまったところだ。

 働き方改革関連法案は秋の臨時国会に提出され、早ければ19年春から施行される。医師は施行後5年間適用を猶予されるが、運送業と建設業も業界団体からの強い要望により5年間猶予されることが決まっている。猶予と言えば聞こえはいいが、要は置き去りということである。
(文=兜森衛)

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