福島県立医科大学の理事長選考が波紋を呼んでいる。竹之下誠一理事長が三選を果たしたのだが、約800人の教職員の選挙では、対立候補である整形外科K教授に大敗し、その後の有識者による選考で選出された。福島医大の理事長選考では、教職員による選挙はあくまで参考情報で、有識者による選考会議が決定機関だ。しかしながら、この結果を聞けば、疑問を抱く人が多いだろう。マスコミも、この人事を批判した。1月22日付読売新聞福島版は『県立医大理事長再任 なぜ 相手候補票が上回る』、1月23日付毎日新聞福島版は『県立医大:透明性欠く理事長選 県立医大「倍」の得票覆り3選 専門家「不和 県民に悪影響」』という記事を配信している。
私は、一連の経過を知って、暗澹たる気持ちとなった。私は、東日本大震災以降、福島で活動を続けている。そこで見聞きする話は、マスコミ報道とはまったく違う。本稿では、「公開」情報を用いて今回の選考の背景を解説したい。
まず、ご紹介したいのは、対立候補のK教授がさまざまな問題を引き起こした人物であることだ。例えば、医療事故への対応だ。この事故については、福島医大が設置した調査委員会の報告書が公開されている。ご興味のある方はお読みいただきたい。以下、この報告書の文面を用いて解説する。
この事故は、K教授が主宰する整形外科で起こった。2015年12月に頸椎症の手術を受けた50代男性が、術中から四肢麻痺の症状を呈して、そのまま回復しなかったのだ。医師でもある患者の兄からの問い合わせに対して主治医は「手術に問題はなかった」と説明したが、これに患者側が納得せず、情報開示請求を行った。病院側の対応は鈍く、約1カ月後になってようやく学内の審議委員会を開いたが、最終的な報告書も「問題なし」という方向で取りまとめられた。
調査報告書は、この動きを詳細に記している。例えば、2016年1月4日に患者側からカルテ開示の請求があった際には、「1 月 4 日に自らに関する診療情報の開示請求があったことは病院長以外の委員へ周知されなかったため、委員の間に重大性の認識は乏しかった」とあり、さらに1月8日には「本事象発生を認識したが、特段の指示はなく、役員等法人執行部への報告はなかった」と記している。
ちなみに、当時の病院長はK教授だ。K教授は、自分が主宰する整形外科で起こった医療事故を「隠蔽」したといわれても仕方ない。ちなみに、当時の理事長は、竹之下理事長の前任のKI教授だ。このKI教授は、K教授の前任の整形外科教授である。
話を戻そう。このような重度の医療事故は、日本医療機能評価機構への報告が義務付けられている。ところが、これもK病院長は怠った。調査報告書は「2 月 18 日本事例について、現理事長(筆者注 竹之下理事長のこと)の助言により病院長が(公財)日本医療機能評価機構へ報告を行った」とある。
なぜ、こんな対応が許されたのか。それについても、調査報告書は「当院の医療安全管理部においては、この数年間、医療安全管理部長には特定の診療科の出身者が就任しており、医療安全管理の中立性に関する疑念を招きかねない」と記している。K教授の部下である整形外科の医局員が、医療事故対応の関連ポストを独占しているのだ。
これでは、医療事故に対する病院の判断は信頼できない。この点についても、調査委員会は、「当該事象を医療クオリティ審議委員会、医療事故防止対策委員会が『術後の合併症としての脊髄浮腫』と判断したことは、適切でなかったと考えられる」と結論づけている。つまり、医療過誤の可能性があると判断しているのだ。ちなみに、福島医大の整形外科で、今回のような医療事故は初めてではない。調査報告書は「脊髄横断性麻痺の発生は本例を含めて 3 例存在している」と記している。果たして、このような対応をとる人物が、福島医大の理事長に相応しいだろうか。
カネに関する問題
K教授の問題は医療事故だけではない。カネに関する問題も指摘されている。福島県は深刻な医師不足に喘いでいる。特に、原発事故の被害に遭った浜通りは深刻だ。「医師派遣もカネ次第」という状況に変えてしまった。
震災後、いわき市の中核病院である福島労災病院が、福島医大に整形外科医の派遣を求めたが、K教授は断った。事態を重く見たいわき市が福島県に相談したところ、K教授から寄附講座の活用を提案された。共立病院(いわき市の市立病院)の「地域医療連携室だより」(2015年8月号)には、「福島医大付属病院K教授(本文実名)にいわき市の整形外科医不足についてご相談をしました。その際にK教授(本文実名)から共立病院に医師を派遣するために、寄付講座を作っては、とご指導を受けました」との記載がある。
では、寄附講座とは、どんな仕組みなのだろう。共立病院は、3名の整形外科医を派遣してもらうために年間6000万円を医大に支払う。5年間で総額3億円だ。一方、寄附講座から派遣される医師に支払われる人件費総額は2530万円。差し引き3470万円が医大の自由に使える金になる。残業代などは病院持ちだ。年間990万円を予定していた。この結果、いわき市は3名の整形外科医を5年間派遣してもらうために総額3億4950万円を負担することになった。
そもそも福島医大は「県民の保健・医療・福祉に貢献する医療人の教育および育成」を理念に掲げており、震災後は多額の税金が投入されている。寄附講座など設置せずとも、医師を派遣すればいい。K教授は病院長かつ整形外科の主任教授だった。なぜ、こんなことをするのだろう。
製薬企業から多額の報酬
カネの問題は、これだけではない。医療ガバナンス研究所は、医師と製薬企業の関係の調査を進めている。収集したデータは、「製薬マネーデータベース YEN for DOCS」として公開している。K教授が、公務の傍ら、製薬企業の講演などの形で個人的に受け取った金は、2016年548万円、17年478万円、18年522万円、19年808万円だ。主任教授としての仕事そっちのけで、製薬企業のアルバイトに励んでいるといっても過言ではない。これでは、医療事故も多発するはずだ。果たして、このような人物が、福島医大の理事長に相応しいだろうか。
医療事故調査報告書から「製薬マネーデータベース YEN for DOCS」まで、以上のデータは、すべて公開されている。教職員は、このことを知らないのだろうか。それとも、それを知って、K教授を推したのだろうか。
マスコミも問題だ。彼らは、果たしてちゃんと取材したのだろうか。選考委員にインタビューすれば、背景を解説してくれたはずだ。双方から言い分を聞けば、今回の人事は、教職員の暴走を選考委員会が押しとどめたと、誰もが考えるだろう。こんなことを繰り返せば、早晩、大学も新聞も社会の信頼を失う。そうなれば、誰も権力を批判しなくなる。日本の衰退は加速する。大学人、メディア人の奮起に期待したい。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)