現在開催中の「2023 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」。日本代表は16日に行われたイタリア戦で勝利し準決勝に駒を進め、21日に行われるメキシコ戦に挑む。今大会の日本戦の地上波テレビ中継はすべて平均世帯視聴率が40%超え(ビデオリサーチ調べ、関東地区)となり多くの人が試合に釘付けになっている様子がうかがえるが、ある医師がTwitter上に、WBCやサッカーのワールドカップの日本代表戦が行われると、その時間帯だけ病院の救急外来に来る患者が急減すると投稿し、話題を呼んでいる。
日本代表は大谷翔平、ダルビッシュ有、佐々木朗希らが顔を揃えるドリームチームで挑む今回のWBC。9日の中国戦、10日の韓国戦、11日のチェコ戦、12日のオーストラリア、16日のイタリア戦をすべて大差で勝利。21日には準決勝で強豪メキシコと激突し、すでに栗山英樹監督は佐々木が先発投手を務めることを明かしており、日本中で勝利への期待が高まっている。
そんななか、神経内科専門医で医学博士の高橋宏和氏は11日、自身のTwitterアカウントに以下のように投稿。
<夜の救急外来はどこでもてんやわんや。でもそんな救急外来がぴたっと静かになる時があります。まるで凪。そんな時、「今晩は何故こんなに患者さんが来ないのだろう」と不思議に思うと、たいていの場合、WBCかワールドカップか日本シリーズの中継やってます>
<中継が終わるとどっと混んだりします。あと大雨の日とかは救急外来が空いたりしますがこれは病院によります>
<救急外来を受診するなら様子を見て真夜中に受診するのではなく少しでも早く受診してください>
これを受けSNS上には以下のような反応が多数寄せられ、話題を呼んでいるのだ。
<元救急隊ですがほんまに減るってかほぼなかった気がします>
<実際ワールドカップの時は試合終了と共に呼ばれました>
<「本来は救急では無い程度の患者が救急外来を利用し過ぎている」という事なのだと思いますが。1分1秒を争う救急患者が、野球観てられる程度の患者に時間取られて助からないとか怖しい>
<病棟でも、その時期の中継時間は患者さんがベッドにいてくれるので検温しやすく、クレームも少ない傾向にあります>
<ラグビーW杯の時に入院していたけど仲良くなった看護師さんから笑点とW杯の時間だけはナースコールが少なくなるって聞かされた記憶>
<国際戦で救急暇になるとか普段どれほどみんな不要不急で救急利用してるのかと涙出ますね>
ちなみに東京消防庁広報課は当サイトの取材に対し、次のようにいう。
「救急車の出動件数についてデータは集計しておりますが、特定のイベントとの紐づけはできないため、お答えはしておりません。昨年の夏は猛暑でコロナと熱中症が重なり出動件数が大きく膨らみ対外的に呼びかけをさせていただきましたが、出動件数とイベントについては特に公表しておりません」
救命救急センターの実情
救急医療は、入院や手術の必要がなく自力で受診できる患者を対象とする「一次救急」、入院や手術が必要な患者を対象とする「二次救急」、生命にかかわる危険がある重症患者を受け入れる「三次救急」に分かれているが、東京大学医学部附属病院や北里大学病院の救命救急センターなどで救急医として勤務した経験のあるクリニックシュアー銀座院長の飛田砂織医師はいう。
「私が携わってきた三次救急に限っていえばW杯など大きなイベント自体に関連する事故などの可能性以外、イベントの有無で救命救急センターへの搬送件数に違いが明らかに生じると感じたことはありません。また、病院の規模や立地条件によって差があるでしょうから一概にはいえませんが、一次救急や二次救急で繁閑に差が生じる傾向はあるかもしれませんが、私の経験からは確かなことはいえません」
では、時期や時間帯によって救命救急センターの繁閑に差はあるのだろうか。たとえば、内閣府「令和元年版交通安全白書」によれば、平成30年の交通事故による死者数は、昼間は1862人、夜間は1659人だが、交通事故の死傷者数に占める死者数の割合は、昼間が0.48%、夜間が1.17%と、夜間の死者数の率は昼間のそれの約2.4倍となっており、夜間は重症患者が多いことがうかがえる。
「東京都内に限っていえば、都内から地方に人が移動するお盆や年末年始のシーズンは、都内の人口が減るためか、救命救急センターへの重症患者さんの搬送件数はやや減る傾向はあるかもしれません。一方、そうした時期は休診の診療所等が多くなる傾向にあるので、特に年末年始は、コロナやインフル、風邪などの増加も相まって救急外来に来院する一次・二次相当の患者さんは増える傾向にあると思われます。また、夜間は屋外の人流が減るものの、自動車の深夜運転や速度超過などが増える影響からか重症例は少なくないですが、昼間でも大きな事故は起きます」
適切なリソース投入が重要
新型コロナウイルス感染拡大の影響で医療逼迫とともに救急医療現場の逼迫も社会問題化している。総務省消防庁の発表によると、2021年の全国の救急車出動件数は対前年比4.4%増の619万3581件、搬送者数は同3.7%増の549万1744人。22年12月には昭島市で救急車の単独での横転事故が発生し、乗っていた救急隊員は事故前日から17時間連続で勤務していたことが発覚し、世間に衝撃を与えた。
人々の救急車や救急医療の適正利用が求められているが、東京消防庁のHPによれば、「救急搬送された方のうち初診医師により軽易で入院を要さない軽症と判断された割合は51.4%」だといい、半数以上を占めていることになる。また、通報の約2割が緊急性のない問合せや消防に関係のないものであり、なかには「電気が消えなくなった。なんとかしてほしい」「症状の相談がしたい」といった内容のものもあるという。一方、意識障害や「けいれん」、大量の出血を伴うケガ、交通事故で強い衝撃を受けた際などは、ためらわずに通報するよう消防庁は呼び掛けている。
飛田医師はいう。
「限られた医療資源を適切に使っていくということは重要ですが、軽微な病気やケガであっても重篤な症状につながるケースもあり、一概に『救急医療の利用を控えるべき』ということもいえないのではないでしょうか。特に夜間は、独り暮らしや高齢者の方であればいっそう、ケガや病気の際には不安になりがちで、『このまま病院の一般外来が始まる朝まで待ってよいのか』という悩みをかかえがちになります。そうした方々の電話相談窓口として現在でも東京消防庁であれば救急相談センターが設けられていますが、患者さんやそのご家族の不安を解消すると同時に救急外来の負担を軽減するための施策に、適切にリソースを投入することが重要だと考えます」
(文=Business Journal編集部、協力=飛田砂織/クリニックシュアー銀座院長)