静岡県沼津市のホテル「AWA西伊豆」が、手の常在菌を使って夏みかんを発酵させて作った「自家製発酵ジュース」を客に提供しているとテレビ番組で紹介され、SNSでは衛生面を問題視する声が相次いだ。
批判の高まりを受け、同ホテルを運営する竹屋旅館(静岡市)は公式サイト上で謝罪文を発表し、酵素ジュースの提供を取りやめている。AWA西伊豆は「発酵」をテーマにした温泉宿だが、発酵食品とはいえ、やはり手の常在菌で作った発酵ジュースは危険なのだろうか。函館稜北病院総合診療科の舛森悠医師に聞いた。
「手の常在菌の中には黄色ブドウ球菌という細菌がいて、この黄色ブドウ球菌は食中毒の原因になります。黄色ブドウ球菌が産生した『エンテロトキシン』という毒素を口にしてしまうと、約3時間後に激しい吐き気に襲われて嘔吐を繰り返したり、おなかの強い痛み、大量の下痢が出現します。一部の方は重症になってショック状態になり、入院が必要になる方もいます」
手で握ったおにぎりに付着した黄色ブドウ球菌で食中毒が起きた事例は多い。黄色ブドウ球菌は30~37度で最も増殖しやすく、5~47.8度の温度域で増殖可能であり、エンテロトキシンが産生されるのは10~46度の温度域といわれる。
「飲み物の中に清潔ではない手を入れて、ばい菌が繁殖してしまうような環境にしてしまうと、食中毒になる可能性が十分にあると考えられます」(舛森医師)
調理を行う際には手を清潔に保つことが重要といえるが、日本の伝統的漬物「ぬか漬け」は毎日素手でぬか床をかき混ぜるが、危険はないのだろうか。
「ぬか漬けは素手で混ぜていても多くの場合で食中毒は発生しません。その理由は乳酸菌にあります。乳酸菌は私たちの皮膚や腸の中にも存在しています。ぬか漬けは、米ぬかの中で乳酸菌が発育するように作られています。実はこの乳酸菌には、他の雑菌の繁殖を防止する作用があるのです」(同)
乳酸菌は発酵すると乳酸を発生させる菌の総称で、キムチやヨーグルトの発酵においても活躍する。近年、その健康効果にも注目が集まっている。
「乳酸菌は発酵すると乳酸だけでなく酢酸やエタノール(いわゆるアルコール)、炭酸ガス、エステルなどを生成するのです。これが抗菌作用を発揮して、雑菌は繁殖しづらく食中毒が起きづらいと考えられています。しかし、もちろん不適切な環境で漬けられたぬか漬けは食中毒の原因になる可能性があるため、注意が必要です」(同)
近年、注目される塩麹も、手で揉んで作るという手法をとっている飲食店もある。知らなければ気にせず口にするところだが、いざ知ってしまうと抵抗があるという人も少なくないだろう。菌は目に見えるものでもなく、味に変化がない場合もある。消費者の自己防衛も重要かもしれない。
現在は提供が中止されている件の発酵ジュースについて、どれほどの危険があったのかを検証することも必要ではないだろうか。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)