乳がん検診は無意味?命を危険に晒す?「有効」との調査結果に捏造の疑いも
英国の医師会雑誌に、興味深い記事が掲載されました。長年にわたり第一線で乳がん検診に取り組んできた女性医師モーリーン・ロバーツ氏の寄稿で、「人生の終わりを迎え、私は横たわったままこの文章を書いている。生涯を乳がん検診に捧げてきたが、その効果に大いなる疑問を感じるようになった。こんな記事を書くことになり、長年、いっしょに仕事をしてきた仲間にまずお詫びを」というものでした。彼女は原稿の掲載を待つことなく、乳がんで天に召されてしまいました。
実はこれは、20年以上前の出来事です。
時は流れつい最近、乳がんを専門とする女性外科医が書いた文章が「OnSurg」という外科医向けサイトで紹介されました。「生前のモーリーンを知っているが、本当に優しいレディーだった。だからと言って事実をまげるわけにはいかない。現代では、乳がん検診の有効性は万人が認めるところとなっている。彼女が亡くなったあとに行われた多くの調査で、そのことが示されている」というのです。
もうひとつ、英大手紙ガーディアンが報じた話題から。英国のがん専門医マイク・リチャード氏は、女王陛下からナイトの称号も授与された有名人です。その人が最近、乳がん検診を厳しく批判した手紙を受け取ったことをメディアに明かしました。「政府機関は乳がん検診について真実を語っていない。都合のよい話ばかりで、リスクについての説明がない。信用ができなくなったので、自分はもう乳がん検診を請け負うのをやめる」という内容で、差出人は英国の名門キングス・カレッジの産婦人科教授(女性)でした。
手紙を受けたリチャード氏は、がん検診を推進する側のリーダーですが、「真摯に受け止め、第三者委員会に判断を委ねる」と、近頃よく聞く言葉で返事を書いたそうです。
乳がん検診をめぐっては、このように昔から今にいたるまで意見の対立があります。
追跡調査の内容に疑義
さて、乳がん検診(マンモグラフィー)については、大勢のボランティアを平等に2つのグループに分け、一方に定期的に検査を受けてもらい(検診群)、他方(対照群)には何もしない約束を取りつけて、何年かあとに比べてみるという、科学的な調査がたくさん行われています。乳がん検診に限りませんが、このような方法で得られたデータは、極上の「科学的根拠(エビデンス)」とされ、世界中の医師のバイブルとなっています。
乳がん検診を推進する専門家がバイブルとする追跡調査が、世界に8つあります。カナダ、英国、米国、それにスウェーデンで別々に行われたもので、その多くが「乳がん検診は有効」との結論を出したものです。
ところが最近、思わぬ大どんでん返しがありました。デンマークの研究者が、この8つの調査の結果を報じた論文を精読した上で、不明な点は著者に直接問い合わせるなどして信頼性を検証し、結果を一流医学専門誌「ランセット」に発表したのです。
この人が特に注目したのは、「対象者が検診群と対照群に平等に振り分けられていたのか」という点でした。例えば一方のグループが高齢者ばかりで、他方が若者ばかりだったとしたらどうでしょうか。たとえ何年かあとに両群で死亡率などに差があったとしても、検診の成果なのか、年齢のせいなのかが判断つきません。両群間には、結果に影響を与えうる、いかなる違いがあってもならないわけです。
ところが8つの調査のうち、なんと6つで不審な点が見つかったのだそうです。ある調査では、グループ分けしたあとになって、乳がんの疑いが少しでもある人を検診群だけから徹底的に排除していました。また別の調査では、各月の11日から25日までの間に生まれた人を対照群に振り分け、残りを検診群としていましたが、調査のスタート後、31日生まれの人が余分であることに気づいたのか、対照群から除外していました。人数が合わなくなった分をどう調整したのかは、わからずじまいだったといいます。
結果的に、論文が発表されるたびに人数が違っていたり、両群の平均年齢がずれてしまっていたりする調査が多かったのだそうです。
結局、8つの調査のうち、どれもねつ造でないことを祈りますが6つに重大な疑義があり、まともなものは2つだけ。どちらも、「乳がん検診には死亡率を減少させる効果がない」と結論づけたものでした。
論文の最後は、「乳がん検診は、1人の乳がん患者の命を救うため、6人もの命を過剰な検査・治療で危険に晒している」という断罪の言葉で締めくくられていました。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)