23日付「文春オンライン」記事は、群馬大学医学部の現3年生、約120人のうち、24人が服部健司教授が担当する必修科目「医の倫理学」「医系の人間学」で落第し、留年することになったと報じた。「文春」によれば服部教授の授業では即興演劇が行われ、試験はなく、学生の演劇のパフォーマンスなどへの評価によって成績が決まるという。
国立大学医学部卒の医師はいう。
「意外だと思われるかもしれないが、一般的に医学部の1~2年次は一般教養の授業が多く、時間的にも余裕があるので、アルバイトやサークル活動的な趣味にも時間を使える。みんな過酷な受験勉強が終わったばかりで疲弊しているので、そこで“一休み”という感覚だが、気が緩んで必修単位を落としてしまい進級できない人も出るものの、そんな人は極めて稀で、大半の人が無理なく進級できる。
3年次からは医学の専門的な授業が一気に増え、4年次以降は実習や研修がメインになり、6年次は医師国家試験の勉強に追われることになるので、3年次以降は一気に忙しくなり勉強も大変になるというイメージだが、それでも医学部に入学した学生の9割ほどは無事に卒業して医師国家試験に合格していく。『文春』によれば群馬大学の医学部は(現3年生)の約3分の1の学生が留年するということだが、明らかに異常。そんな例は聞いたことがない」
ちなみに「文春」によれば、服部教授は「医の倫理学」を落第して留年していた学生に同科目の再試験を受けさせず、大学によってアカハラが認定された過去があり、重度PTSDの診断を受けて休学中の当該学生は現在、大学に損害賠償を求めて裁判を起こしているという。
「今では減った印象だが、履修者の3割くらいを落とすような、いわゆる“厳しい授業”を行う教員というのは、どの大学にも存在する。授業内容や成績評価は担当教員にほぼ一任されているといっていいのが現実で、よほどのことがない限り、大学側が口を挟むことはない。ただ、アカハラの過去があり裁判沙汰まで起こしている教員に必修科目を担当させ、試験もせずに即興演劇が不出来だからという理由で落第させまくっているというのは、明らかに問題。
しかも群馬大学は国立大学であり、文部科学省からなんらかの指導なりが入ってもおかしくはないないレベルで、留年した学生への救済策が検討されてしかるべき」(私立大学職員)
前出の医師はいう。
「恐ろしいの一言に尽きる。医学的な専門科目で試験の点数が悪くて落第になるなら仕方ないが、演劇学科の学生でもあるまいし、演劇での演技ができてないからという理由で進級できずに数年を棒に振るなど、あってはならない。この教授は試験も期末レポートも課していないということだが、評価の明確な客観的基準を示さないというそのこと自体が、医学の理念に反する。こんなヤバい教授に必修科目を担当させて、多くの未来ある医師の卵たちを潰しているのだとしたら、群馬大学の責任は重い」
聖域と化す大学運営
元東京大学医科学研究所特任教授で医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏はいう。
「言語道断の対応と考える。3年生の約3分の1にあたる40人が留年し、そのうち24人が、医療倫理学を担当した1人の教員によるものであることは常軌を逸している。再試験や補講の機会を設けていないことは、正当かつ合理的な評価を行っていないという点で、裁量権を逸脱している。さらに、抗議・異議を唱えた学生を『授業の進め方について教員に助言を行うという“勘違い”が何度も見られた』として留年させるなど、『他事考慮』は目に余る。
問題は、このような教授に対して、学内から批判の声が挙がっていないことだ。単位認定の権利を握られている3年生はともかく、この教授の授業を受けない上級生から問題の声が挙がっていいはずだ。また、先輩や同僚教授も、問題は知っていたはずだ。問題をみて、沈黙を貫くのは大学の『自殺』だ。
我が国では、苦い歴史があり、公権力は大学への介入に抑制的だ。これは、戦前の滝川事件や戦後の安田講堂事件などを経て、日本社会で確立したコンセンサスだ。誰からもチェックされないのだから、大学は運用次第では『聖域』と化す。
では、どうすればいいのか。大学教員が『自律』し、問題ある教員がある場合は、教員・学生同士で相互批判するしかない。日本の大学の問題は、このような精神が失われていることだ。これは、今回問題となった群馬大学医学部に限った話ではない。日本大学の不正や、東京大学教養学部の留年問題など、自律と相互批判の欠如が、組織の腐敗を招いている。両大学の問題は、教員と学生の無関心という点で、群馬大学と同じだ。
今回の件は、メディアが大きく報じたため、国会や文科省でも問題となるだろう。群馬大学は担当教員を処分するはずだ。大学は、権力である政官、そしてメディアに屈することになる。自律と相互批判なき大学で学問が発展することはない。学問なき国家は衰退する。ガリレオは、なぜローマ教会に抗ったのか。彼は、そこまでして何を守ろうとしたのか。今こそ、考えるべきだ」
(文=編集部、協力=上昌広/血液内科医、医療ガバナンス研究所理事長)