4月下旬に、ある在宅医療診療所の医師の葬式が行われた。その医師は身体障害者を対象とするケア医療も実施していたので、葬儀のセレモニーの献花には、車いすだけでなく移動用ベッドの参列者もいた。故人の生前の活動が、いかに多くの人に感謝されていたかを容易に想像できるシーンだった。
医師という仕事の社会的意義を実感できる現場での経験は、多くの高校生・受験生が「医学」を学ぶ魅力を醸成しているのではないだろうか。医学科の学生の志望動機に関する作文などからは、特に女子学生にそのような傾向がある印象を受ける。
その意味で、文部科学省の2021年度の医学科男女別調査の結果は興味深い。全国の大学医学部医学科の入学者選抜において、女性の平均合格率は13.60%で、男性の13.51%を上回っていた。現在、合格者(実数)の男女比は8421人対5880人だが、上記の調査結果を見ると、女性が男性と並ぶ日はそんなに遠くはないだろう。
九州の国立大医学部で女子受験生が健闘
地方国立大学の医学部医学科では、西日本で女性の合格者が多い大学が目立つ。高知大学(男55人/女57人)、佐賀大学(男47人/女58人)、宮崎大学(男52人/女58人)、琉球大学(男59人/女60人)といった具合である。ほぼ拮抗しているのが、島根大学(男52人/女50人)、長崎大学(男64人/女60人)である。一方、公立では女性の合格者の割合が多い大学は皆無だ。私立大学では、東京女子医科大学は別として、日本医科大学(男111人/女120人)と聖マリアンナ医科大学(男116人/女170人)くらいである。
合格率(合格者数/受験者数)で見ると、女性の合格率が40%を超えているのは、国立大で徳島大学(44.4%)、九州大学(42.6%)、大分大学(49.4%)である。公立大では札幌医科大学(40.0%)、横浜市立大学(43.6%)、和歌山県立医科大学(43.2%)となっている。私立大は併願者が多く、その分受験者数が多いので、合格率40%を上回る大学はない。比較的高いのは、北里大学(24.5%)と東京女子医大(23.7%)である。
文部科学省が男女別の入試統計を公表しているのは、2018年8月の事務連絡による「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査について」(調査依頼)以降のようなので、あまり正確に昔と比較はできないが、主に九州地域の国立大医学部医学科において、男女逆転例が出ていることは好ましい現象ではないだろうか。
一部の私立大医学部で行われた「男子優先」の入学者選抜がなく、公正な入試が行われているという証左になるだけではない。医学生が向き合うべき病気やケガなどはジェンダーレスなのは当たり前で、医師も半数程度が女性であるのは人口構成比からも、誰が見ても自然である。また、高校までの女子児童・生徒は、検診をする校医に女性医師を希望する傾向があるといわれている。
もちろん、それだけでない。国際支援活動のNPOや国境なき医師団に日本人女性医師の活躍が目立つのは、女性が国際貢献の医師の仕事に向いていることを反映しているともいえるのではないだろうか。他者の命や健康をサポートする仕事に意義を感じ、情熱を傾ける人は女性にも多いといえよう。また、女性医師は、旭川医科大学の前学長のようなワンマンや「白い巨塔」のような権力闘争にも、比較的関係が薄い印象だ。
東大理三の合格者数で女子校の桜蔭がトップに
女子進学校である桜蔭高校が、東京大学の理科三類(医学科系)の合格者出身校のトップになったことが話題になっている。これまでのトップ男子校における「医学部進学ゲーム」の熱気が薄らいでいるのではないか、という見方も出ているようだ。今や医学部よりも、大学発ベンチャーなどでAIなどを使っておもしろく働けて、株式上場でもすれば大きなキャピタルゲインが期待できる学部に魅力を感じる、という東大生も少なくないのかもしれない。
逆に言えば、「そこそこのリスクもあるが、おもしろそうで、お金もそこそこ懐に入りそう」という仕事を志向する人が医学部医学科以外の進学先を選ぶことは、本人にとっても、我々患者にとってもありがたい。医師にハイリスク・ハイリターンの選択をされたら、患者はたまったものでないからだ。その意味でも、医師の社会的役割により強く自覚のある女子受験生の合格率が高くなることは、歓迎すべきことである。
特に、学校や地域を限定した奨学金制度もある「地域枠」が恒久化される地方の国立大で女子医学生が増えることは、地域医療にとってもプラスになるはずだ。自治体や大学によって詳細は異なるが、卒業後に一定期間(初期臨床研修を含む9年間)の従事義務を全うすることで、奨学金の返還義務が免除される制度もある。中には、6年間にわたって月額10万~30万円が貸与され、国公立大であれば仕送りなしで卒業できるケースもあるという。
半面、「地域枠」で入学しながら地元に就職しないケースも多く、優遇措置は不当だという批判の声もある。全国医学部長病院長会議の「令和元年度 地域枠入学制度と地域医療支援センターの実情に関する調査報告」によると、地元定着率が一番高いのは、「当該県の地域枠・当該県出身・当該県の大学の地元出身者」である。その率は、実に90%を超えている。一番低いのは、「地域枠以外・当該県出身・他県の大学出身者」で、40%を切っている。このように、地元の出身という要素は地元定着に大きく寄与しているのだ。
「地域枠」では、県外出身者は応募資格に含めるか、入試方法は一般選抜と分けるか、志願時の本人と保護者の従事や離脱の条件についての同意書を取り付けるか、などがポイントとなりそうだ。
設置者が地方自治体の公立大などと違い、国立大では露骨な地元出身者優先となる「地域枠」での選抜自体にも批判があるだろう。そのため、広島大学医学部医学科の「ふるさと枠」のように、大学入学共通テスト必須の医学部地域枠優先の推薦入学などを採用する大学も増える可能性がある。その際、「女子受験枠」の設定も考えられる。現に、大阪大学が工学部に「女子枠」を設定していることも注目に値する。
医学部「地域枠」はどう変わるのか
厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会」より、医師の働き方改革を背景に、医師の労働時間を週60時間程度に制限するなどの仮定を置いた、最新の医師需給推計の結果が示されている。それによると、2023年の医学部入学者が医師になると想定される2029年頃に需要と供給が約36万人で均衡し、それ以降は医師が過剰になる、との試算を公表している。
そこで、医学部の入学定員を減らす方針を示したのだ。その論拠としては、2029年以降は人口減で患者数が減り、医師の需要も少なくなると見込まれることだ。
ところが、昨今の新型コロナウイルス感染が止まらない状況で、地域の保健衛生業務が停滞している。そこで、医学部臨時定員の設定は当面、現状維持されるようだ。しかし、将来的に、2008年から続いてきた医学部入学定員の臨時定員の解消を進めていく方針は変わらない。その臨時増の大半を占める「地域枠」は、恒久定員の中に含める方向なのだ。
現在、顕著な問題になっている地方の医師不足の背景には、人口や社会資源の一定地域への集中という現象がある。全国の医師数を単純に人口で除した数値を基本とした全国一律の基準や指標に基づく厚労省の方針は、それを軽視するものだ。そこで、地元医療に取り組む医師の養成を重視した「地域枠」を設定したのだ。
一方で、この「地域枠」について、SNSなどでは勤務地も含めた職業の自由に反するという批判も出ている。また、前述したように、「地域枠」で入学しながら地元に就職しないケースも少なくないが、地元出身者の地域定着度が高い傾向は無視できない。さらに、修業年数の6年間でストレート卒業した率や国家試験現役合格率は、一般選抜枠より全国地域枠の入学者の方が高いことも事実だ。
国公立大医学部の学費は年約54万円だが、地方なら家賃や仕送りの負担が必要になる。全国大学生活協同組合連合会の「第57回学生生活実態調査(2021年)」によると、1人暮らしの学生への平均仕送り額は月額約7万円だ。この負担は、一般世帯では少なくない。将来の社会を担う医学生への経済的なサポートも、看過できない重要な課題といえよう。
厚労省が「2035年、日本は健康先進国へ」のキャッチフレーズを掲げる「保健医療2035(JAPAN VISION:HELTH CARE 2035)」も注目に値する。ここまで視野に入れて構想すれば、地域住民の健康を支えるべく地域医療に使命感を持つ地元の女子受験生に国立大医学部への門を広げることができれば、今後の日本の保健医療にも大きな貢献をもたらすだろう
(文=木村誠/大学教育ジャーナリスト)