「稼げる大学」というフレーズがにわかに注目を浴びている。といっても、政府が露骨にこの言葉を使っているわけではない。
8月に開かれた政府の総合科学技術・イノベーション会議では、各大学に産業界や公的機関などの外部から人材を招いて意思決定機関を設け、世界トップレベルの研究開発に向けて経営力向上を図る方針を決めた。時事通信がそのニュースの見出しに使ったのが、「稼げる大学」である。だいたい日本経済の沈下を食い止められない産業界などの人材が、世界トップの科学技術を目指す大学経営へのアドバイスが可能だろうか、という疑問は残る。
その点、「稼げる大学」は、せいぜい自分の食いぶちぐらいは自分の力で稼げ、というニュアンスでおもしろい。このような意見は以前からあった。新自由主義の論客である竹中平蔵元総務相は、ことあるごとに「大学も自分で稼ぐ努力をすべきだ」と主張してきたし、財務省の大学関係予算を担当する主計官だった神田眞人現財務官は、「イギリスの大学などに比べ日本の大学は収入を増やす努力が足りない」と指摘していた。
もちろん、それらの「声」は大学人の強い反発を呼んだ。高等教育の無償化が進む中で学費の値上げは安易にできないし、リストラで人員削減をした企業経営者が敏腕と呼ばれる産業界とは、そもそもよって立つ基盤が違う。研究のコストもどんどん上がるが、それをケチれば世界トップレベルの研究成果は遠のくばかりである。
10兆円規模の大学ファンドは期待できるのか
そこで政府が思いついたのが、10兆円規模の「大学ファンド」である。研究力の低下につながる、世界に通用する論文数の減少への危機意識が背景にある。博士課程の大学院生の減少を引き起こす、若手研究者のポスト不足や研究者の任期付き雇用の増加などの現状を打開するためにも、大学の資金力を高める必要がある、ということだ。
フレームとしては、JST(科学技術振興機構)に大学ファンドをつくり、その運用益を活用する。政府出資5000億円、財投融資4兆円でスタートし、早期に10兆円の運用元本にする予定だ。スケールが大きいように見えるが、運用益であるから、実際の支出資金はその数パーセントにすぎない。
将来的には、各大学がそれぞれ自らの資金で運用を目指すというから、大学ファンドはその呼び水のようなものだろう。その資金を調達できるのが、すなわち「稼げる大学」なのだ。
といっても、私立大学と国公立大学では収入構造が違う。国立大は国からの運営費交付金が収入全体の3~4割を占め、入学金や授業料は1割強、付属病院の収益で2~3割というのが平均ケースとなっている。私立大は入学金や授業料が収入の6割前後を占め、他に国および地方公共団体からの私学助成などがある。そのため、私立大は学生数減の影響を受けやすく、地方の私立大では定員割れで赤字続きの例も少なくない。公立大は地域の個別事情によるであろうが、公金のウェイトが高いという点では国立大に近い。個々の大学で稼ぐための条件が違うのだ。
世界に通用する科学技術の研究力向上を目指すということに限定するならば、地方の私立大は大学ファンドの恩恵は受けにくい。地域貢献などの視点も考えるべきであろう。
外部資金や科研費は医学部のある総合大学が強い
大学は国や地方公共団体からの運営費交付金や各種の補助、学生からの学費などの他に、今や外部資金も大きな収入源になっている。奨学寄付金や企業などからの受託研究費、企業などの外部研究者との共同研究費などだ。
朝日新聞ランキング2022年版によると、その外部資金の多い大学は、東京大学約596億円、京都大学約424億円、大阪大学約323億円、東北大学約209億円、名古屋大学約185億円、九州大学約159億円、慶応義塾大学約156億円、東京工業大学約120億円、北海道大学約112億円、早稲田大学約87億円がトップ10となっている。20位までで、「医学部がない」のは東工大と早大のみだ。19位の順天堂大学も含めて、いかに医学部が外部資金の源かがわかる。
この傾向は科研費でも同様だ。科学研究費補助金は、大学以外の研究機関なども対象になる。研究テーマにより分類はあるが、2020年度における科研費総額では、東京大学約225億円、京都大学約139億円、大阪大学約105億円、東北大学約97億円、名古屋大学約80億円、九州大学約71億円、北海道大学約61億円、東京工業大学約45億円、筑波大学約42億円、慶応義塾大学約37億円が10位までだ。20位までを見ても、東工大と早大(12位)以外はすべて「医学部がある」。また、東工大と東京医科歯科大学(17位)を除き、総合大学である。
総じて、「稼げる大学は医学部を持っている」と言ってよいだろう。
大学発ベンチャーは花盛りの時代へ
大学発ベンチャーは毎月のように生まれている。経済産業省の2020年度「大学発ベンチャー実態等調査」によると、東京・大阪・愛知の3大都市圏平均が422、それ以外の地域平均が37となっている。
大学発ベンチャーは「稼げる大学」の重要なポジションを占めつつある。以前にも紹介したが、山形県鶴岡市の郊外にある慶応義塾大学先端生命科学研究所(先端研)はスパイバーなど多くのベンチャーを生み、大学だけでなく地域にも貢献している。
毎年、秋に『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)が特集している「すごいベンチャー100」(2021年最新版)でも、大学発ベンチャーの有望株が紹介されている。慶応大医学部准教授の研究成果を生かした「脳卒中でマヒした身体を動かすCONNECT(コネクト)」や、徳島大学発の「たんぱく質が豊富な食用コオロギを生産するフードテック」などは、比較的知られている事例だ。世界気候変動対策として期待される核融合技術をビジネス化する京都大学の研究成果を生かした「京都フュージョニアリング」は、スケールが大きい。
他にも、医薬品や健康食品などの分野で大学の研究活動の成果を生かした有望ベンチャービジネスが生まれている。大学発のベンチャーは独立系ベンチャーと比べても信用を得やすいし、大企業と連携する場合でも不利な条件を押しつけられたり、知的財産権の無償提供を強いられることも少ない。
東京大学の新基本方針では、学生や教員の起業などを支援する600億円規模の基金を外部からの募金も含め、10年かけて創設する予定だという。
ベンチャーキャピタルも増えて、将来性を見越して長期的な資金融資をするケースも出てきた。東京の株式市場でベンチャー企業が上場することが多いマザーズは個人投資家が多く参加するが、今までは上場時の株価の値上がり益を狙った短期投資が多かった。しかし、最近は上場時より着実に株価を上げるベンチャーも増えてきた。
また、クラウドファンディングのような話もある。東大大学院教授のネコの腎臓病治療薬開発が注目され、個人からの寄付が殺到したのだ。インターネットでその研究の内容が配信され、寄付は2週間で約1万2000件、金額は約1億4600万円に達したという。愛猫ブームに乗ったのだろうが、「東大ブランド」が信用性を高めたという面もあろう。
大学発ベンチャーが花咲く条件は整いつつある。
だからといって、大学が収益本位になり、「教育研究」をおろそかにしては本末転倒である。そのような危機意識を訴える大学人も少なくない。原点を忘れてはならない。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)